「政府は真の復興を壊している」
東京電力福島第1原発事故の避難者らが、国や東電に損害賠償を求めて各地で起こした集団訴訟。このうち最大規模の「福島訴訟」で原告団長を務める中島孝さん(66)は語気を強めた。最高裁決定を受けた今月4日の会見だった。
最高裁は集団訴訟のうち、福島、千葉、群馬で起こされた3件について、東電の上告を退けた。同種訴訟で東電の賠償責任が初めて確定し、被害者の救済という点では、ひとつの節目ともいえる。さらに、国と原告から意見を聞く弁論を4月に開くことも決めた。国の責任について分かれている2審の判断に対して、最高裁が初めて統一判断を示すことになる。
法務省によると、原発事故で故郷や生業を奪われたことで、東電や国の責任を問う訴訟は、全国で30件以上起こされた。大きな争点は、あの津波が予想できたかどうかだ。
鍵となるのは、平成14年7月に国の地震調査研究推進本部が公表した地震活動の「長期評価」。長期評価では、三陸沖北部から房総沖の日本海溝寄りで、30年以内にマグニチュード(M)8クラスの津波地震が20%程度の確率で発生すると想定していた。だが、調査や検討は行われず、東電に規制権限がある国が動くことはなかった。
福島県相馬市で生まれ育った中島さんは、市内で鮮魚などを扱うスーパーマーケットを経営している。
「自分の根っこだったものが、すべて壊れた」
国策で進められた原発で起きた事故なのに、国の責任がないはずがない。中島さんは、そう考えている。
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《いかなる事情よりも安全性をすべてに優先させ、国民の懸念の解消に全力を挙げることを前提…》
2050年のカーボンニュートラル(温室効果ガスの排出実質ゼロ)を掲げる国のエネルギー基本計画。原発の再稼働を進める経済産業省資源エネルギー庁のホームページに、こううたわれている。
事故後に発足した原子力規制委員会が平成25年に策定した新規制基準について、政府は「世界で最も厳しい水準」(エネ庁)と自負する。
地震、津波、火山噴火…。現在の基準の特徴の一つは旧基準に比べて自然災害への備えを格段に厳しくした点だ。さらに、過酷事故(シビアアクシデント)への対策も手厚く盛り込まれている。例えば、原発の冷却に不可欠な外部電源が完全喪失したとしても、耐えられる日数は米仏で3日程度であるのに対し、日本は7日間とより厳しい。
事故から10年となった昨年3月11日、規制委の更田豊志(ふけた・とよし)委員長は、規制庁職員に向けた訓示の中で、次のようにくぎを刺した。
「『世界で最も厳しい水準の基準をクリア』というせりふが、基準をクリアすれば大丈夫なんだという姿勢を生まないように、新たな安全神話とならないように、私たちは十分に注意をする必要があります」
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原発事故の賠償問題に詳しい大阪市立大の除本理史(よけもと・まさふみ)教授(環境政策論)は、こう指摘する。
「地域社会や経済が停止し、人々のつながりも修復困難。原子力災害の被災者からすれば、『被害』は今も、現在進行形で続いている」
震災から11年がたとうとするなかで、津波被災地を中心に、ハード面の復興は整いつつある。しかし、まだ福島県には帰還困難区域が残り、故郷に帰りたくても帰れない人たちが存在する。あの震災と事故は、確かにいまも進行形だ。
だからこそ、環境問題やエネルギーの安全保障を確立する方策として、原発を安易に手放せない以上、その安全性の追求に満足していい時代は来ない。事故の記憶を不断に想起し、模索し続けなければならない。