芸妓の夢再び ミナミ唯一のお茶屋が守る粋

産経ニュース

かつて国内有数の花街として知られた大阪・南地(なんち=ミナミ)。唯一残るお茶屋「たに川」で今年1月、2年ぶりに芸妓(げいこ)が誕生した。新型コロナウイルス禍で宴席は減り、花街も大きな影響を受けている。20年ほど前から店の経営に携わる主人の谷川恵(めぐむ)さん(48)は厳しいときだからこそ、自前の芸妓の育成が華やかな花街の文化を守ることにつながると信じ、芸妓を志す女性の夢を支え続ける。

インスタでつながる

晴れやかな黒紋付きに身を包んだ芸妓の美与鶴(みよづる)さん(22)。お披露目会の席で自己紹介の後、長唄「松の緑」に合わせて踊りを披露すると、場は一気に華やいだ。

美与鶴さんは15歳で京都の舞妓(まいこ)となったが、18歳で引退した。定時制高校に通い大学進学を考えたこともあったが、芸妓への夢があきらめきれなかったとき、写真共有SNS「インスタグラム」で谷川さんの投稿を目にした。

「和気あいあいとした雰囲気を感じました」と美与鶴さん。たに川の門をたたくと、10カ月の見習い期間を経て夢をかなえた。

少数精鋭で自由な雰囲気がある大阪ミナミでの挑戦。「長年の夢がかなったことに感謝し、精進いたします」と語り、「舞や三味線、お囃子、会話や立ち居振る舞いまで、オールマイティーにこなせる芸妓になりたい」と夢をふくらませる。

コロナ禍の試練

大阪にはかつて北新地▽南地▽新町▽堀江-の4つの大きな花街が存在した。現在は北新地と南地にわずかにお茶屋が残るのみ。最盛期の昭和10年代に約2千人の芸妓を誇った南地で、「たに川」は最後のお茶屋を守っている。

ブログやインスタグラムでの発信を通じ、芸妓を志す人の夢を支えてきた。美与鶴さんが加わり、芸妓は舞踊を披露する立方(たちかた)3人、歌や三味線を受け持つ地方(じかた)2人の計5人に。芸妓見習いとして、まり鶴さん(21)が修業に励んでいる。

芸妓となった美与鶴さん(右)と見習いのまり鶴さん=大阪市中央区

たに川の奮闘で花街のともしびが次第に大きくなる中で訪れたコロナ禍。谷川さんは「若い芸妓が増え、お座敷のご用命も頂戴するようになっていたのですが、コロナ禍で本当に寂しい状態になりました」と話す。

企業や海外からの観光客にからむ宴席や行事が軒並みなくなり、ポケットマネーでやってくる個人の利用によって支えられているのが現状だという。

自前にこだわり

たに川は売れっ子芸妓だった谷川さんの母が、昭和44年に創業。一人息子の谷川さんは家業を継ぐよりも、別の世界を目指してほしいという親の希望から、幼い頃から塾通いの日々を過ごした。

大阪大学文学部美学科に学び、公立の劇場担当ディレクターとなったが、「大阪の花街文化を絶やしてはならない」と平成13年、自らの意思で家業に携わることになった。

(左から)お茶屋「たに川」の主人、谷川恵さん、芸子見習いのまり鶴さん、芸妓の美与鶴さん=大阪市中央区

茶道や三味線などの芸事をたしなみ、「土壁に畳や襖、床の間に生け花のある湿潤な和の空間が、とても落ち着くのです」と語る粋人だ。プロデュースするお座敷は、客の好みに合わせて懐石、松花堂弁当から、たこ焼き、お好み焼きまで、幅広く取り寄せる。

「大阪に、お茶屋があることを知らない人が多いのは残念。日本の文化でもあるお茶屋の魅力を多くの人に味わってもらいたい」と強調する谷川さん。お座敷の花である自前の芸妓を持っていることは「厳しい状況を乗り切る手立てでもある」と力を込める。(横山由紀子)

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