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論説委員・別府育郎 32年前の「北京」を振り返る

産経ニュース

人権問題とドーピングに揺れた北京冬季五輪が閉会し、ウクライナ危機をにらみながらパラリンピックの開幕を待つ。この機に、32年前に北京で開かれた大会を振り返っておきたい。

第11回アジア大会は1990年9月、北京で開催された。中国にとっては初の総合大会の開催であり、悲願の五輪招致の試金石と位置付けられた。前年には天安門事件があり、前月にはイラクがクウェートに侵攻した。現在と同様、きな臭い中でのアジアの大会だった。

流血の弊紙記者

大会前夜の天安門前は約44万平方メートルの広大な広場に家族連れらがあふれ平和な光景に見えたが、人民英雄記念碑横の階段には無残な損傷が目立った。

案内を頼んだ学生からは、これは天安門事件で市民を蹂躙(じゅうりん)した戦車や装甲車の轍(わだち)であり、花崗(かこう)岩の敷石の黒ずみは火炎放射の跡だと聞いた。

広場では高さ5メートルの大会マスコット、パンダの「パンパン」が左手に金メダルをかざし右手は指を1本立てていた。1等賞を表したかったのだろうが指は口の前にあり、先の学生は「余計なことは何も言うな、ということです」と声を潜めた。

開会前に老舗ホテル「北京飯店」でアジア・オリンピック評議会(OCA)の臨時総会が開かれ、クウェートに侵攻したイラクの大会参加が問われた。

クウェートにあったOCA本部がイラク軍に焼かれファハド会長が殺害された怒りもあり、イラクの資格停止を大差で可決し、大会から締め出した。

「われわれの勝利だ」と叫びながら階段を降りてくるクウェート代表らを記者団が追い回して制止する公安とのもみ合いになり、早口の北京語で抗議した弊紙記者が殴られて顔面から流血した。留学が長く、雰囲気もそれらしい彼は自国の記者と間違えられたようで、公安ばかりかある通信社は「中国人記者殴られる」と打電し、これを掲載した社もあった。

教訓は、スポーツ界もやればできるということだ。国際オリンピック委員会(IOC)は、ウクライナに侵攻したロシアを排除すべきである。

北京では、命からがらクウェートを脱出した留学生にも会った。まず「日本にもイラク人はいるか」と聞かれた。いる、と答えると「誰が読むか分からない。クウェートに家族がいるはずなので、写真と名前は勘弁してほしい」と切り出した。

クウェートの青年

8月2日午前2時ごろ、夏休みで帰省中の青年は自宅をイラク兵に囲まれ、家から出るなと脅された。「父のベンツも兄のベンツも私のベンツも徹底的に破壊された。父も兄もどこにいるか分からない」という。

侵略の残虐は、独裁者の狂気と石油がもたらした国家間の貧富の差が増幅させたものだったかもしれない。隙をみて青年は必死に逃げた。銃声を聞き、多くの死体を横目に見て走った。途中でサウジアラビアに向かうというクウェート人が車に乗せてくれたが、イラク兵に見つかり、車を捨ててまた走った。

砂漠を歩いてサウジ国境を目指し、寸前で発見されて銃口を突きつけられたが、兵士は「何も見なかったことにする」と国境越えを見逃してくれた。

青年は「イラクもサダム(・フセイン)も大嫌いだが、イラク人には、悪い奴(やつ)もやさしい人もいる」と話した。

暗夜行路

大会の終盤、ある競技会場で原稿に手間取り、最終のメディアバスに乗り遅れた。タクシーもなく、大通りに出れば拾えるかと歩き出したが、暗闇の小道が続くばかり。そこへ自転車に乗った中年の男性が通りかかった。宿泊するホテルの名を告げてタクシーを探したいと訴えたが、大学で学んだはずの中国語が全く役に立たない。

男性は後ろを指さし、乗れという。大通りまで連れて行ってくれるのだろうと荷台にまたがったが、行けども大通りどころか明かりさえなく、話しかけても笑顔で振り返るばかり。

どこへ連れていかれるのだろうとさすがに不安になったところで、見えてきたのは目指すホテルの看板だった。

ようやく到着して「謝謝你」と声を掛けると、彼は汗だくの顔で「没関心」と言い残し、自転車を漕いで去っていった。

後で地図で調べると道のりは約16キロ。クウェートの青年の話を思いだしていた。当たり前のことなのだが、どんな体制の国にも普通の住人が暮らし、悪い奴がいれば、いい人もいる。(べっぷ いくろう)

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