暦の上では立春を過ぎたものの、まだまだ厳しい寒さが続く。そんな冬の食卓を彩るのが鍋料理だ。スーパーの売り場には、パウチパックの鍋つゆが所狭しと並ぶが、中でも人気なのが「ごま豆乳鍋つゆ」だ。「これ本当に売れるのか」「誰が買うんだろうか」。食品メーカーの社内でも懐疑的な声があった意欲作が、想定もしていなかったヒット商品になったのだという。和・洋・中さまざまな味わいの新商品が次から次へと登場している鍋つゆ。その商品開発の裏側を探った。
脇役のつもりが「主役」に
「豆乳を使った商品だし、『そんなに売れるものではないね』と言われましたが、商品ラインナップの脇役として出したら、主役になってしまった」と振り返るのは、ミツカン(愛知県半田市)商品企画部の田中保憲さん(39)だ。2005年の発売当時、豆乳鍋といえば健康志向の女性が好んで食べるヘルシーな鍋だったが、ごまを組み合わせたことで、豆乳臭さがマイルドになり、食べやすくなったという。
ミツカンによると、鍋つゆの市場規模は5年連続で伸長。新型コロナウイルス禍による巣ごもり生活で内食需要が増加したことも追い風となり、売れ行きは好調だという。各メーカーでさまざまな鍋つゆが展開されているが、田中さんは「ごまと豆乳のバランスはどこもまねできないはず」と胸を張る。
ミツカンの鍋つゆは口に入れてから飲み込むまでの時間差で、「先味」、「中味」、「後味」の3つに分けて設計されているという。先味とは口に入れた瞬間の味わい、食材をかんでいる時に感じるのが「中味」、飲み込んでからの余韻を「後味」というらしい。田中さんは「そのバランスが大切で、どんな食材が鍋に入っても、バランスが崩れないようにしている」と強調する。その3つの味を意識して、すりごま、ねりごま、ごま油の3つのごまを組み合わせているのだ。専門的でちょっと難しいが、聞けば聞くほど鍋つゆの世界は想像以上に奥が深そうだ。
2009年からは「〆まで美味しい鍋つゆシリーズ」にラインナップされ、主力商品となった。ミツカンの鍋つゆの中で12年連続売り上げ1位を記録しているロングセラーだ。鍋つゆの普及には、実は容器も一役買っていた。例えば、各メーカーから発売されているそうめんのつゆやすき焼きのタレなどは瓶やペットボトルに入っているが、鍋つゆはパウチパックと呼ばれる容器で販売されている。ストレートタイプのため、濃縮タイプに比べ容器は大きく、スーパーの店頭では場所を取る。業界では当初、「パウチ(パック)は邪道」とまで言われていたという。
だが、パウチパックには利点があった。それは、容器が大きいがゆえに、売り場で目立つということだ。消費者にとってもメリットがあった。使用後にそのまま燃えるゴミとして捨てられる点と、何よりストレートタイプだから水で希釈する必要がないことだ。買ってきた鍋つゆをそのまま鍋に入れる。ひと煮立ちさせて、あとは中火にして白菜や長ネギ、豚肉など好きな具材を適当に入れておけば良いのだ。
出汁を取る必要も一切なく、商品名の通り、締めの麺類、雑炊も美味しく食べられる。これほど手軽でかんたん、しかも失敗のリスクのない料理はないだろう。