あさま山荘事件50年

弱体化立て直し 「連合赤軍」先鋭化の果てに

産経ニュース
警察の様子を雨戸を開けてうかがう犯人グループ=昭和47年2月、長野県軽井沢町
警察の様子を雨戸を開けてうかがう犯人グループ=昭和47年2月、長野県軽井沢町

あさま山荘事件が起きた昭和40年代は、日米安保条約延長に反対する70年安保闘争を背景に、ベトナム反戦や沖縄返還など反体制運動が高まっていた。特定党派に属さない一般学生が多く参加した学生組織「全学共闘会議(全共闘)」の運動は全国の大学に拡大。デモにとどまらず、「ヘルメットとゲバ棒」スタイルで武装し、投石や火炎瓶による闘争が繰り広げられた。

44年1月、全共闘などが東京大学の安田講堂などを占拠した「東大安田講堂事件」を契機に学生運動への世論の支持は急速に低下。一部の学生は政治に不満を持つ労働者らと結びつき、組織の分裂を繰り返しながら、より過激なテロやゲリラに移行した。

中でも先鋭的な武装闘争を展開したのが60年安保の中核だった「共産主義者同盟(ブント)」の一部が44年に結成した「共産主義者同盟赤軍派(赤軍派)」だ。45年3月に一部のメンバーが「国外に革命戦争の根拠地をつくる」として日航機「よど号」をハイジャックして北朝鮮に渡った。幹部の重信房子受刑者(76)らも国外に出国、国内にいた幹部らも次々に逮捕されるなど、組織は徐々に弱体化していった。

組織立て直しを図り各地で金融機関を襲い、資金を獲得した赤軍派の一部メンバー。これに栃木県真岡市の銃砲店強盗事件を起こし銃を入手していた「京浜安保共闘(革命左派)」が合流し、46年に「連合赤軍」ができた。

連合赤軍は群馬県などの山岳部に拠点を移したが、警察の追及が山にまで及び、追い詰められた末に起こしたのが47年2月のあさま山荘事件だ。

事件解決後には「総括」と称した大量リンチ殺人が発覚し連合赤軍は瓦解(がかい)。中東へ渡った重信受刑者らは「日本赤軍」を名乗った。在マレーシア米国大使館を襲撃したクアラルンプール事件(昭和50年)を起こし、あさま山荘事件で逮捕された坂東国男容疑者(75)が超法規的措置で釈放され、国外に逃亡。世界各地でテロを起こした。

その後、冷戦終結などを契機に国際テロリストを公然と保護する国が激減。平成7年以降はメンバーの拘束が相次いだ。12年には重信受刑者が国内で逮捕され、13年に日本赤軍の解散を宣言。現在も坂東容疑者らメンバー7人が国外に逃亡しており、国際手配されている。

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