だが現状では、オミクロン株の感染拡大と同時に、日本経済を潰そうという「もうひとつの動き」が進行中である。それは「悪い円安」論という形を借りた、アベノミクスの遺産を徹底的に破壊する動きである。
この「悪い円安」論は、言い換えれば、現状の金融緩和政策を潰す動きである。主犯は、日本銀行で過去のデフレ大停滞をもたらした「旧日銀派」とでもいうべき人たちである。共犯は、マスコミや経済同友会などの財界である。
他方では、岸田政権の財政政策には、民間の消費を刺激する政策が決定的に欠けている。むしろ「隙あらば増税・負担増」を狙う意欲満々だとエコノミスト・評論家の多くは考えている。
例えば「失業等給付」の保険料率を参院選後に引き上げる方針が採られている。この負担増は氷山の一角だろう。消費増税はなくても各種の負担増を小出しにしかけて、われわれの家計の負担を増して「財政再建」につなげたいというのが、財務省の本音だ。そこに岸田首相がどこまで乗ってしまうのかが、今後の最大の経済リスクだろう。
最悪、参院選後に消費増税のシナリオをあげる経済学者もいる。それだけ岸田政権の経済政策には、太い芯になるものがない、官僚任せと映っているのだ。
話を「悪い円安」に戻す。経済同友会の桜田謙悟代表幹事は、年頭のマスコミ向けのインタビューで「円安で国力が増すことはなく、国力を増せば結果として円高になる」という発言をした。これは過去の日本銀行にも見られた「強い円高」論である。
そもそも国力とはなんだろうか? 例えば、われわれの景気実感に近い名目国内総生産(GDP)の大きさと為替レートの変化をみてみよう。図にあるように、為替レート(ドル円)でみると円高の局面と名目GDPの低下はほぼ同時に起きている。対して、2013年以降のアベノミクスで顕著だが、円安と名目GDPの増加は連動している。以上、終わりだ。
つまり「強い円高」というのは、ただの妄想にしかすぎない。円安が続いたアベノミクス期間中は、失業率も低下し、経済格差や貧困率なども改善した。経済団体ならばもっとも関心のいくはずの株価も7千円台から現状は3万円台を狙う水準まで戻してきた。あげればまだあるが、円安の方が、それ以前の円高基調よりも「国力」は増している。どんな「国力」を前提にしているのか、その説明責任は桜田氏のような「強い円高」、または「悪い円安」論者の方にある。
岸田政権の経済リスクは、この「悪い円安」論に関してもある。簡単にいえば、来年に任期を迎える日本銀行の正副総裁の人選だ。時事通信などのマスコミでは、雨宮正佳副総裁や前副総裁の中曽宏大和総研理事長が有力視されているという。両者とも日本を長期停滞に引きずり込んだ「古い日銀」の体現者である。
いろんな理屈で、ますますデフレ脱却を、財務省とタッグを組んで阻んでいくだろう。そもそも黒田東彦総裁が財務省出身でそれが10年続いたのから、たすき掛け人事で今度は日銀プロパーだ、というのは、日本のおかれた深刻な経済状況を無視した意見だろう。だが、この種の官僚的な愚論は、日銀や財務省などの官僚だけでなく、先の財界やマスコミなどでもよく聞かれるものである。岸田首相がこの種の愚論に「聞く耳」を持ったとき、日本は再び長期停滞の深みに陥るだろう。ぜひ岸田首相には、この懸念を聞く力こそみせてほしい。