競馬の有馬記念が開催される12月下旬、いわゆる「有馬ウイーク」は運動部の記者にとっては、一年で最も安息の一週間となっている。紙面は有馬一色。関西では常に1面ネタを求められるプロ野球の阪神担当も、この週だけはプレッシャーから解放される。
契約更改、球団行事もほぼ終了し、どの球団も仕事納めが間近。大きなニュースはそうそう起きない。大阪のサンスポ運動部では、この週に忘年会を開くことが慣例になっていた。以前は当日の担当デスクも途中から参加できるように泊まりでの開催だった。
そんな一年に一度の大宴会の日に起きたのが、阪神・新庄剛志の引退宣言だった。1995年12月19日。2度目の契約更改の席で「センスがないから野球をやめる」の爆弾発言が飛び出した。藤田平監督との確執が伝えられる中、モンスターカーのランボルギーニチータで登場した最初の契約更改は保留。嵐の予感はあったとはいえ、まさかの展開に在阪スポーツ各紙は大騒ぎとなった。
忘年会は大幅に遅れてスタート。名物の高級肉すき焼きにありつけず、用意してもらっていた弁当で何とか腹を満たし、うさ晴らしの深夜のビンゴ大会で、さらに意気消沈する虎番やデスクもいた。サッカー担当だった自分は〝被害〟もなく、逆にたっぷりと牛肉にありつけたが…。
新庄を直接取材したことはない。ただ、〝忘年会事件〟のように一方通行で交差している。同じ福岡市出身。新庄の実家は高校時代の友人宅のお隣りさんだった。新庄の父・英敏さんの姿は、何度もお見掛けしたことがある。新庄パパの愛称でサンスポにも何度となく登場することになる未来など知る由もない遠い昔の話である。
全国高校野球選手権、いわゆる夏の甲子園の出場を懸けた1989年の福岡大会の決勝戦では、母校が新庄のいる西日本短大付高と対戦した。たまたま帰省中で、応援に駆け付けた久留米球場では、初めて見る新庄に驚かされた。
「1番・センター」で出場した細身の高校生は、サイクル安打を達成。圧巻は三回に放った左越えの本塁打だった。遊撃手の頭上を越えたライナーは失速することなく、そのままスタンドに着弾した。試合は6―4で母校が勝ったが、とんでもないヤツがいると思った。走攻守のバランスは抜群。「センスの固まり」だと感じた。
その年のドラフト会議で阪神に5位指名され、その6年後の「センスがないから」発言。今さらながら、この引退理由には説得力がなかったし、センスがなかった。
日本ハムの新監督として球界に復帰する2022年。虎のプリンスからビッグボスとなった新庄と今度はどこで、どんな形で交わるのか。勝手に期待している。(臼杵孝志)