米海兵隊元中将が語る 沖縄と日米同盟の未来

産経ニュース
東アジアでの有事に備え、さらなる日米連携強化の必要性を訴えるニコルソン氏=テネシー州ノックスビル(渡辺浩生撮影)
東アジアでの有事に備え、さらなる日米連携強化の必要性を訴えるニコルソン氏=テネシー州ノックスビル(渡辺浩生撮影)

インド太平洋で中国による台湾侵攻などが起きた際、真っ先に駆けつけて作戦を展開する重要な役割を担うのが米海兵隊だ。その最前線に展開する第3海兵遠征軍(本拠・沖縄県うるま市)の司令官(中将)を最後に退役したローレンス・ニコルソン氏(65)が本紙の取材に応じた。在沖縄米軍トップの四軍調整官を兼任したニコルソン氏は、沖縄での日米基地統合の必要性を次のように訴えた。

時代は変わっていた。米国と世界は中国から来た本当の脅威に目を覚ましたところだった。少尉の1981年、大尉の88年に続いて2015年、沖縄に司令官として着任した。若い将校だった冷戦時代から変わらないことがあった。米軍と自衛隊があまり一緒に訓練していなかったのだ。

岩国(山口県)、横須賀(神奈川県)、厚木(同県)、横田(東京都)…本土の基地を訪問すると、米軍も自衛隊も一緒に働き、一緒に野球をしていた。沖縄に戻ると米軍機は嘉手納空軍基地、自衛隊機は那覇空港という具合にすべての基地は別々だった。なぜなんだろう、と思った。

《第3海兵遠征軍はインド太平洋で前方展開する能力をもち、有事には最前線に分散して戦う。中国との紛争に備えた日米間のすり合わせも始まったが…》

中国が尖閣諸島(沖縄県石垣市)を攻撃し、制圧するいくつものシナリオについて東京で日本側と議論した。そこで見えなかったのは、尖閣防衛で日米がどのように支援し合うのかということだった。

中国との戦争を回避する最良の方法は、中国との戦争に備えることだ。戦争は多大な苦痛と費用が伴うものだと相手にいわせる。必要なことは日米の相互運用性の向上だった。日米が一緒になって計画を練り、ひとつの作戦を合同で訓練する。軍隊はそれぞれ長所と短所があるからだ。

沖縄の人々が米軍駐留を「負担」と思うのは分かる。だが、同盟の未来は、日米の基地統合、合同の基地利用や訓練にあると私は思った。日米がひとつになったチームを見てもらえば米軍への感情も変わる。その考えを河野太郎防衛相(当時)に話した。賛成も反対も言わなかったが、興味を持ってくれたようだった。

《海兵隊は今日、台湾有事などの際に小規模部隊が島嶼(とうしょ)部に分散展開する作戦構想「遠征前方基地作戦(EABO)」を掲げる。12月初め、EABOの連携を目的に陸自と初の共同訓練が青森県で行われた》

私の時代は台湾のシナリオについて共同の計画立案や訓練はしていなかった。最近の訓練には勇気づけられている。相互運用性がいかに大事か、お互い理解し始めた。それに米軍兵士は日本のよき思い出を持ち、退役しても日本が大好きだ。これも日本にとって貴重な同盟の財産ではないか。

«ニコルソン氏はイラク・アフガニスタン戦争に2人の息子とともに従軍し、今もアフガン人協力者の救出活動に携わる。「国民と軍のつながり」の重要性や海兵隊を特徴づける価値観についてもつぶさに語った»

2001年9月11日、米中枢同時テロが発生したときはカリフォルニア州の砂漠地帯で訓練中だった。9・11は私たち家族を含め米国を完全に変えた。訓練は厳しさを増し、いずれどこかに派遣されると思った。

3人の息子のうち2人が海兵隊に入隊した。長男のアンドリュー(39)=現海兵隊中佐=は9・11が起きたことで入隊を決めた。三男のケビン(35)=同少佐=は何が起きても海兵隊に入るつもりだったと思う。

《イラクに従軍した04年の9月14日、ファルージャの戦闘で重傷を負った》

122ミリロケット弾の攻撃だった。私の横にいた中佐は死んだ。目が覚めたのは緊急搬送されたドイツの米軍病院だった。ドイツから米ワシントン近郊の米軍病院に転院し、計7回の手術を受けて退院した。その年のクリスマスイブの12月24日、イラクに復帰した。

自分のチームが自分を必要としていると思った。ひどい傷を負った隊員が仲間と一緒にいさせてくれと懇願する光景を何度も見てきた。戦場での戦士の結束は親密さ、愛、比類のない絆をつくる…私は多分、自ら望んでイラクに戻った。傷は完全に癒えてはいなかったが、チームに戻ることが私には一番大切だった。

イラクでアンドリューが、アフガンではケビンがそれぞれ私の指揮下に入った。息子たちを誇りに思う。妻のデビーにはとても不安な時期だったが。

《一家の従軍は10回を数えた》

私はイラクで5千人、アフガンで1万9千人を指揮し、193人の隊員を失った。いつも最も困難な問いは「その価値があったのか」。息子や娘、夫や妻を亡くした家族にはとてもつらい試練が続いている。

私の懸念は、家族や友人の中に兵役経験者がいる米国民が少なくなったことだ。連邦議員に占める退役軍人の割合も減った。軍は本来、出身や人種、経歴と関係なく国民全体を代表すべきものだ。国民が軍から離れていってほしくない。

《米国勢調査局によると、退役軍人が成人に占める割合は1980年の18%から2018年に7%に低下。現役軍人は1968年の約350万人(徴兵制は73年に終了)から約140万人に減った。成人の1%に満たない》

軍を経験した者に大事なことは何か。若い隊員はより良き人間となって共同体に復帰し、奉仕に努めてほしい。すると周りの人は思うだろう。あの教師、コーチ、警察官…彼は海兵隊員だった、と。「一度海兵隊に入れば一生海兵隊員」。

私の高校時代のスペイン語の教師は退役海兵隊大佐で朝鮮戦争に従軍し仁川上陸作戦に参加した。誠実な人で私の入隊のきっかけとなった恩師だ。私たちは社会から離れてはならない。

《退役した後も海兵隊モットー「常なる忠誠」を実践する。国や仲間への献身、自己犠牲の精神を継承するのが使命という。

イスラム原理主義勢力タリバンがアフガニスタンの実権掌握を宣言した直後の8月17日、かつての部下らにあてた手紙を投稿した》

「第2海兵遠征旅団の海兵隊員と水兵たちへ…過去数週間の驚くべき出来事にもかかわらず、あなたたちの国への献身が損なわれることはない…アフガンには危険を冒し一緒に働いてくれた協力者や通訳、家族が大勢いる。私たちはいくつかのネットワークを通じて彼らを安全に救出する活動に取り組んでいる」

テレビに映るカブール国際空港の映像をみて無力感を覚えた。他の退役軍人たちも落胆し、自分の奉仕に何か意味があったのか、自問自答していると思った。

終わり方は不運だったが、撤収は政治の判断であり、私たちはそれを制御できない。仲間たちに伝えたかった。自分がした仕事に誇りは持ち続けよう、と。

《手紙はSNSを通じて拡散し、協力者の救出活動に手を挙げた者も。米軍撤収により、戦友を置き去りにしない「No Man Left Behind」という海兵隊の信条との葛藤に悩む隊員らがいた》

私の手紙は現地の協力者を何とか救いたいと考えていた退役軍人を勇気づけたのかもしれない。活動は多くの組織、諸国民、ボランティア、国務省とともに静かだが力強く今も続く。私たちが置き去りにしたチームメートを助けるために。(テネシー州ノックスビル 渡辺浩生)

ローレンス・ニコルソン氏 カナダ生まれ。1979年海兵隊入隊。2004年イラク・ラマディの第1海兵師団本部、06~07年ファルージャの第5海兵連隊を指揮。09年アフガニスタン・ヘルマンド州の第2海兵遠征旅団を指揮。12年国際治安支援部隊(ISAF)副司令官。第1海兵隊師団指揮官から15年第3海兵遠征軍司令官。18年に退役後はテネシー州に移住、大手卸売会社副社長を務めながら、日米関係や退役軍人支援など奉仕活動に従事する。

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