大阪市西成区のあいりん地区にある寄せ場と10日契約を結び、休日もふくめ約2週間で退寮した私は、同地区にあるドヤと呼ばれる簡易宿泊所にて清掃員兼フロントとして働き始めた。
寄せ場では、過去に覚醒剤を使用していた者、現在もなお覚醒剤を常用している者、両者を合わせると5人に3人といった状態だった。これほどまで薬物との距離が近い日々を過ごしたのは初めての経験であったが、それはドヤに来たとて変わることはなかった。
ドヤで働くうえで、先輩従業員から、「これだけは気を付けろ」と言われたことがある。お笑い芸人の「GO皆川」と顔はうり二つ、春だというのにニット帽まで被っている従業員の男が言う。「このドヤに住んでいるような風貌の男が〝トイレだけ貸せ〟と入ってくることがたまにあるが、黙って貸してやれ。覚醒剤を打つために個室を使おうとする奴がたまにいるんだ。クソ真面目に断るとどうなるかわからないからな」
以前、〝トイレだけ貸せ〟と入ってきた男に対し、律義に「宿泊していない方にはお貸しできません」と対応した従業員は、胸ぐらを摑まれ、振り回されたらしい。覚醒剤を持ち歩いている人間など、ほかに何を持っているかわからない。その場を穏便に済ませ、当然、トイレの個室に注射器が捨てられていたとしても、警察に通報などするわけがない。
あいりん地区のトイレには、「使用済みの注射器を捨てるな」とビラが貼られていることがあるが、実際に捨てられていることがあるから警告しているのである。