限界を迎える日本型社会保障…高齢化社会のモビリティサービスを考える

モビリティサービスと医療、福祉、小売り、観光といった他の分野を掛け合わせて、新たなサービスを生み出すことが注目されている。しかし、まだまだモビリティの分野に閉じこもり、他分野の深い理解ができていない。地域の既存の資源を活用しながら、高齢者の生活をサポートする地域包括ケアシステムの構築にまちづくりの視点から取り組む東海大学工学部建築学科特任准教授の後藤純氏に、これからの高齢化社会のモビリティサービスを考える上で大切なことについて聞いた。

高齢者が楽しく自分らしく生きられる街にするにはどうすればよいのか(Getty Images)※画像はイメージです
高齢者が楽しく自分らしく生きられる街にするにはどうすればよいのか(Getty Images)※画像はイメージです

コミュニティバスの「コミュニティ」とは

――バスが欲しいという声が多い。しかしバス停まで歩けない高齢者も多い

後藤氏:

75歳までは元気だが、78歳を過ぎると知的活動が衰えてくる。知的活動が衰えると体力も衰えてくる。バスに乗ろうとしても乗り継ぎができなくなってしまったり、行きはよいが疲れて帰ってこられなかったりする場合もある。

高齢者はバスに乗り遅れると一生の終わりだと思っているようだ。だから何時間も前に家を出て病院に向かう人も多い。彼らは待つことはできる。それに途中休憩しながらであれば、移動することはできる。もし高齢者の公共交通の利用を促したいのであれば、お茶や軽食がとれて気持ちを整えたり、楽しんだりしながら、40分ほど待つことができる場所が必要だ。

――せっかくコミュニティバスを走らせても乗らないのはなぜだろうか。本数が少ないなどあるが、他に理由があるのではないだろうか

後藤氏:

コミュニティバスの「コミュニティ」とは何を意味するのだろうか。コミュニティといっても、実にさまざまなコミュニティの考え方が存在する。同じ時間に同じ場所に集まるような、みんな一緒にと考える道徳的共同体主義。コミュニティはいらないと思っているリベラリズム(道徳的個人主義)。多様性と対話的可能性を考える反ナショナリズム。社会は不要で社会運動が自己実現を高めると考える人たち。不安社会や不確実性のなかで、顔が見える関係でつながりたいが、放っておいて欲しい人たちも多い。

もしコミュニティバスが、みんな一緒にと考える道徳的共同体主義をベースに考えているとしたら、多様性を欠いたモビリティサービスになってしまっている。

――地域の共助によるモビリティサービスを考える場合、町内会や自治会が実施する場合がある。うまく行かないのはなぜだろうか

後藤氏:

高齢化社会の支え合うつながりのカタチには3つある。自治会・町内会、NPOへの加入、友だちをつくって仲良く暮らす、だ。

2016年に川崎市がアンケートで、町内会・自治会の活動を行っているか聞いたところ、市民の約15~17%しか活動していなかった。そのうち、高齢者や障害者への見守り活動に参加している人は10%を切っている。加入者が減る中で、もし道徳的共同体主義的な考え方でモビリティサービスを考えているのではれば、限界があると感じる。

――公共交通が使えない地域では、クルマの運転ができない高齢者は、家族に頼っていることが多い。しかし今後、家族に頼れなくなる人も増えるだろう

後藤氏:

夫が稼ぎ、妻が家事を担う「近代家族」が生まれ、よほどのことがない限り、生活保障を受けることのない時代があった。家族で助け合う、家族に福祉を任せてきた歴史がある。

しかし、それが機能しなくなっている。例えば、就職氷河期の不幸を被って結婚できなかったのか、女性も男性と同じように大学に行きキャリアを積んで結婚したい時にするという新しい個々人の生き方が生まれたのか、団塊ジュニアの世代で変化が起きた。

2018年度の時点で、親が子供夫婦と同居している世帯は約1割で、ほとんど同居していない。家族は社会保障の含み資産という、日本型社会保障が限界を迎えている。

高齢者が楽しく自分らしく生きる街に

――今の75歳以上の後期高齢者と、60代では大きく価値観が異なり、求めるモビリティサービスも変わってきそうだ

後藤氏:

高齢者は3歳おきに価値観が異なり、他の世代と一緒にされたくないと感じている。10歳違えば3世代くらい異なる。

高齢者は何歳の感覚でいるのか、「年齢割る2プラス15」という計算式がある。例えば、60歳の高齢者は45歳、70歳の人は50歳の感覚でいる。だから年齢では高齢者でも、本人は高齢者だと思っていない。自分の上の世代の高齢者像を勝手につくって企画した福祉施策がたくさんあり、そういった施策は上手くいっていない。

「私の人生はエンターテイメントだ」と語るような、歳を重ねても美しく、気持ちが若い高齢者が増えてくる。女性がわくわくドキドキするような社会が10~15年でやってくると思っている。そこにモビリティサービスが貢献できるだろうか。

昭和的な公共交通では乗ってもらえない。発想を変える必要がある。例えば、エンターテイメントなどのマーケティングの専門家と考えるような取り組みが必要だろう。

――地域包括ケアシステムの中のまちづくりはどのような位置づけなのか

後藤氏:

要介護状態になっても自宅で暮らせるように、サービスを届けるといった発想の地域包括ケアシステムが大切になってきている。高齢者の人口が増える中で、病床にも限界があるからだ。

地域包括ケアシステムは立場によって考え方が3つに分かれる。病院と同じ医療のクオリティを在宅でも実現しようとする「Integrated care system(多職種連携)」。老人福祉の考え方で1日3食、朝晩の声掛けと、病院などまでの送迎を重視する「Community care)。そしてもう一つが、自宅や仲間や生きがいといった地域資源を包括的に使って暮らす「Comprehensive community care system)で、都市計画がここになる。

ところが、地域包括ケアシステムに関連する委員会が立ち上がると、3つ目の都市計画の先生には声がかからない。少しずつ浸透しつつあるが、既存の地域資源を使いながら高齢者が楽しく自分らしく生きる街にすることに、まだまだ重きが置かれていないように感じる。

【大変革期のモビリティ業界を読む】はモビリティジャーナリストの楠田悦子さんがグローバルな視点で取材し、心豊かな暮らしと社会の実現を軸に価値観の変遷や生活者の潜在ニーズを発掘するコラムです。ビジネス戦略やサービス・技術、制度・政策などに役立つ情報を発信します。更新は原則第4月曜日。アーカイブはこちらから

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