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船がつなぎ、醸成した島百景 隠岐諸島(島根県隠岐の島町など)

産経ニュース
島前カルデラと呼ばれる、島前3島に囲まれた内海。多くの船が出入りする
島前カルデラと呼ばれる、島前3島に囲まれた内海。多くの船が出入りする

今秋、隠岐(おき)諸島で船に乗り、船の御朱印である「御船(ごせん)印」を集めながら島を旅するツアーに参加した(産経新聞社主催)。隠岐諸島は以前にも本欄で取り上げたが、本ツアーで改めて実感した船と隠岐の島々との濃密なつながりを紹介したい。

隠岐諸島は島根県の沖合最短約40キロに位置し、島後(どうご)と島前(どうぜん)3島(中ノ島・西ノ島・知夫里島=ちぶりじま)の有人島と180余りの無人島で構成される。良質な黒曜石やアワビなどの名産地で、いにしえから大陸と本土のクロスロードとして発展してきた。中世には後鳥羽上皇、後醍醐天皇が配流され、隠岐文化の形成に影響を与えた。

船の御朱印である「御船印」
船の御朱印である「御船印」

島後のローソク島をはじめとする奇岩群や西ノ島の257メートルの高さを誇る摩天崖(まてんがい、国賀海岸)など、ユネスコ世界ジオパークの名を冠するにふさわしい自然の威容にも圧倒される。

ツアーでは、本土と隠岐諸島を結ぶ隠岐汽船、島後で「ローソク島遊覧船」などを運航する山陰観光開発、中ノ島で海中展望船「あまんぼう」を運航する海士(あま)、島前3島を結ぶ連絡船や「国賀めぐり定期観光船」を運航する隠岐観光と、4社の御船印を集めながら島々を巡った。

島後のかっぱ遊覧船(山陰観光開発)では、かっぱ伝説の残る八尾(やび)川を航走し、船上からしか参れない水神様を遥拝(ようはい)したり、情緒的な集落を間近に眺めたりした。川沿いの家々には、家から直接船に乗れる雁木(がんぎ)が置かれており、船のある暮らし特有の景観と出合えた。

中ノ島の海中展望船あまんぼうでは、船内から火山岩の海底や黒潮の海に集まる魚をのぞき、しばし異空間を探訪した。

西ノ島の焼火(たくひ)山中腹に、航海安全を守護する神大日霊貴尊(おおひれいたかしたける)をご祭神としてまつる焼火神社がある。江戸時代に北前船が寄港してにぎわった隠岐では、特に船人からの信仰を集めてきた。

代々宮司である松浦家は隠岐の航路開設の祖であり、隠岐汽船の創業の礎を築いた。明治初期、命がけの航海ともいえる帆掛け船が主流であった島で、私財をなげうって蒸気船の購入を決断。近代化への一歩を踏み出した。家紋の3つの丸は、隠岐汽船のマークとなっており、御船印にも描かれている。今でも、隠岐汽船の船が焼火山の前を通過するときは汽笛を鳴らすそうだ。

船はただの移動手段としてではなく、古代から人の暮らしを支え、文化をつくり、信仰心を育んできた。「船」という点を結んでいくと、壮大な線が描かれる。それこそ島の歴史であり、旅のロマンではないだろうか。

■アクセス 本土からのフェリーや高速船のほか、島後に「隠岐世界ジオパーク空港」があり、空路の利用も可能。

■プロフィル 小林希(こばやし・のぞみ) 昭和57年生まれ、東京都出身。元編集者。出版社を退社し、世界放浪の旅へ。帰国後に『恋する旅女、世界をゆく―29歳、会社を辞めて旅に出た』(幻冬舎文庫)で作家に転身。主に旅、島、猫をテーマにしている。これまで世界60カ国、日本の離島は100島を巡った。

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