ベテラン記者コラム(219)

SNSの時代にはないだろう〝貴りえフィーバー〟

サンスポ
貴花田と宮沢りえの婚約会見は世間に大きな衝撃を与えた
貴花田と宮沢りえの婚約会見は世間に大きな衝撃を与えた

芸能担当だった30年前と29年前の11月は忙しい月だった。「アイドル冬の時代」と言われた1990年前半にあって、当代随一の人気を誇っていた宮沢りえに2年連続で振り回された。

1991年11月13日、衝撃の写真集「Santa Fe(サンタフェ)」が発売された。当時18歳で人気絶頂のタレントのヘアヌード写真集に日本中が大騒ぎになった。発売1カ月前には全国紙の朝刊に全面広告が掲載されたが、新聞を広げたときの驚きは今でも忘れられない。青天の霹靂(へきれき)という故事成語があるが、まさにそれ。「なんじゃこりゃ!」だった。

どこにも情報が漏れてこなかった極秘プロジェクト。余計にインパクトは強烈だった。155万部が売れ、お堅いNHKもニュースで報じた。その後は大物女優&人気タレントのヌード写真集が相次いだ。時代の先駆けだった。

新聞広告の仕掛け人は2014年に亡くなったりえママこと宮沢光子さんで、「どうせやるなら派手に」との発案で決まったという。写真集の発売元は朝日出版社。大手出版社ではなかった理由も秘密の保持だった。撮影者の篠山紀信氏が「大きなところだと必ず漏れるから」と話していた記事を以前に、どこかで読んだことがある。出版社には30万件以上の問い合わせが殺到して電話回線がパンクしたというが、その何件かは自分が掛けた電話だった。

92年の衝撃も大きかった。11月27日、大相撲の貴乃花(当時関脇貴花田)との婚約会見が都内のホテルで開かれた。その前夜にニュース番組が一報を報じてから始まった〝貴りえフィーバー〟。2人そろって桜色の着物を着て、会見のひな壇に座っている姿は、お似合いのカップルだったが、どこか〝ままごと〟のようにも感じた。わずか2カ月後に別々で破局会見することになるとは、つゆほども思っていなかったが…。

会見の翌日からは交代で東京・広尾にある宮沢の自宅マンション前での張り込みが日課になった。各社とも朝から晩までのフルマーク。騒がないようにしていても、近隣住民の方々には迷惑以外の何モノでもなかったのだろう。自分がいなかったときのことだが、マンション上階からかなりの量の水をかけられたこともあった。因果な仕事である。

それなりに長くこの仕事をやってきて、それなりにびっくり仰天なことがあったが、この2つの出来事はまさに〝事件〟だった。最近は芸能人の婚約会見なんてほとんど開かれない。新型コロナの影響もあるかもしれないが、多くのニュースは個人のSNS発が主流となり、肉声は聞けないし、表情は分からない。何ともつまらない時代になった。(臼杵孝志)

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