三宅宏実 感無量引退会見 父との約束果たし五輪で2度メダル「21年間頑張った」/重量挙げ

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父でいちごウエイトリフティング部監督の三宅義行氏(右)と笑顔の三宅宏実 =JAPAN SPORTS OLYMPIC SQUARE(撮影・田村亮介)
父でいちごウエイトリフティング部監督の三宅義行氏(右)と笑顔の三宅宏実 =JAPAN SPORTS OLYMPIC SQUARE(撮影・田村亮介)
「ロンドン五輪2012」 女子重量挙げ48キロ級 銀メダルを獲得した三宅宏実
「ロンドン五輪2012」 女子重量挙げ48キロ級 銀メダルを獲得した三宅宏実

日本女子最多タイの5度の夏季五輪出場を果たし、2012年ロンドン大会で銀、16年リオデジャネイロ大会で銅メダルを獲得した重量挙げの三宅宏実(いちご)が36歳の誕生日の18日、東京都内で引退記者会見を開いた。「大好きな競技を長く続けられたのは幸せな時間だった」と振り返り、1968年メキシコ市五輪銅メダルの父・義行氏(76)ら支えてくれた周囲に感謝した。

■女子で夏季五輪5度出場は最多タイ 2000年にシドニー五輪をテレビで見て興味を持ち、競技を始めてから21年。日本の女子では柔道の谷亮子と並ぶ最多5度の夏季五輪出場を果たした三宅が、競技者生活に幕を閉じた。

「結構飽き性で何事も続かない私が、唯一競技にだけはのめり込んで、21年間継続してできた。頑張ったかなと思う」

11年に日本記録を更新した際、いわゆる〝ゾーン〟に入る感覚をつかんだ。「ピーク」で臨んだ翌年のロンドン五輪で銀メダル。だが、その後はけがもあり「(力や感覚が)戻らなかった」。引退を意識しながら目指した今夏の東京五輪は49キロ級に出て記録なし。「いま出せる自分の限界だと納得した」と、すっきりした表情を見せた。

父は銅メダリスト。その兄の義信氏(81)は1964年東京から五輪を連覇した。「三宅」の名の重圧はついて回ったが、「それがあったから新鮮な気持ちで毎回チャレンジできた」と振り返る。

■20年に疲労骨折もあきらめず東京五輪出場 当初から指導を受ける父とは2つの約束を交わしていた。「五輪でメダルを取ること」「絶対にあきらめないこと」。昨年秋に腰を疲労骨折し、東京五輪出場が危ぶまれた際も「最後までやり切りたいと思っていた」。約束は果たした。「最後の5年間はいつ辞めてもいいと戦ってきたが、もってくれてよかった」。義行氏も感慨深げだ。

今後は所属先のコーチとして後進の指導に当たる。「選手が1キロでも挙げられるように。私自身もけがをしてきたので、勉強してしっかりサポートしたい」。国際的活動を視野に、英語学習にも挑戦。新たなステージで奮闘する。(只木信昭)

◆三宅 宏実(みやけ・ひろみ) 1985(昭和60)年11月18日生まれ、36歳。埼玉県新座市出身。いちご所属。埼玉栄高3年だった2003年に53キロ級で全日本選手権初優勝。法大進学後に48キロ級に転向すると、04年の全日本選手権を制し、初の五輪となる同年アテネ大会の出場権を獲得。五輪の銀、銅メダルのほか、世界選手権では06、15年に銅。53キロ級のスナッチ90キロ、ジャーク117キロ、トータル207キロと、48キロ級のスナッチ87キロ、ジャーク110キロ、トータル197キロは旧階級制での日本記録。147センチ。

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