「愛読書は?」と質問する不毛な新卒採用を、日本人が始めてしまったワケ

ITメディア
就職採用試験で「愛読書は?」という質問が増えている
就職採用試験で「愛読書は?」という質問が増えている

「愛読書はなんですか?」

就職採用試験で、こんな質問をする面接官が増えているという。滋賀県教育委員会が高校生を対象とした独自調査で、コロナ前の3倍近くに膨れ上がったと、「読売新聞オンライン」(11月14日)が報じている。

県教委の分析では、これはコロナ禍で読書を趣味とする若者が増えて、履歴書の「特技・趣味」の欄に「読書」と書くケースが多くなっているからではないかという。

確かに、高校生の多くはコロナ禍で部活も満足にできない状況が続いていた。友だちと集まって何かにチャレンジする機会もない中で、本、漫画、YouTubeを視聴する時間が増えたというデータもある。ただ、面接戦略的には履歴書に「趣味・動画視聴」はイメージが悪い。そこで必然的に「読書」を趣味とする新卒高校生が増え、そこに引きずられる形で、面接官からの質問も増えた、というのは理屈としてはよく分かる。

ただ、もし履歴書に「趣味・読書」という記載を目にしても、「愛読書は?」という質問をしてはいけないらしい。

どのような本を読んでいるのかというのは、仕事をするうえでの能力や適正には関係がない。また、尋ねた側にまったく他意がなくとも、思想信条を調べていると受け取られる場合もある。厚労省も愛読書を尋ねることは思想信条に関わることなので、就職差別につながる恐れがあると指摘している。

「だったら趣味・読書なんて書いてくるな!」「そもそも履歴書に特技・趣味欄があるのが悪いだろ」とツッコミを入れたくなるような人もいるだろうし、「コミュニケーションがちゃんと取れるかを確認するためにも、こういう話題は必要では」とNG質問という扱いに納得がいかない方もいるだろう。

なかなか悩ましい問題ではあるが、個人的に関心があるのは、そもそもなぜ面接で「特技・趣味」などの質問をするようになったのかということだ。実務経験がないのだから、成績とかどんな素行の生徒だったのかなどを聞くというのは分かる。働くうえで健康は大事なので、運動やスポーツなど経験も判断材料になるだろう。ただ、趣味や特技など実際に働くうえではまったく関係ない。なぜそんな不毛なやりとりが常識となったのか。

この手の質問がある理由としてよく言われるのが、「共産主義フィルター」としての役割だ。

■えっ、そんなことも聞くの?

共産主義に傾倒していたり、労働運動・学生運動をしていた学生を採用して、社内でシンパを増やしたり、政治活動でもされたら、経営者としてはたまったものではない。そこで、趣味や特技などを介して遠回しに「人となり」を探っていた名残で、それが現在も残っているというのだ。

実際、それがうかがえるような話もある。1935年(昭和10年)に発行された、今の高校新卒にあたる若者たちの就職活動について調べた『中等学校学生と就職の実際. 昭和11年版 就職問題研究会 編纂』にはこんな記述がある。

『思想関係も亦随分重要視されてゐる。之れは最近に於て著しい。例の銀行ギャング事件以来銀行方面では却々やかましい。然し、短時間の面会位で就職志願者の思想を完全に看破することは容易なことではないが、本人の思想を知る為に作文を書かせたり、或は短刀直入に質問して居る所もある』

ここでいう「銀行ギャング事件」とは、1937年(昭和7年)に東京都大森で発生した、日本共産党員による銀行強盗事件。いわゆる、赤色ギャング事件だ。共産党側はでっち上げだと主張しているが当時はこの事件で、共産党員は企業にとって非常に大きな脅威となっていたのだ。

「なるほど、趣味や特技は聞くのは、政治活動や内部のテロから会社を守るための知恵だったのか」と納得される方も多いかもしれないが、歴史を振り返るとそれだけとも限らないのだ。例えば、戦前の就活ハウツー本『就職必携 : 学生諸君に贈る知識. 1937年版』(著・穴田秀男/千倉書房)には、昭和11年度の三菱重工の「口頭試験」、現代でいうところの面接の要項が掲載されている。

(1)経済言論は如何なる者を読んで居るか

(2)土曜、日曜の生活方法

(3)自己の長所短所に就いて

(4)学費に就いて(出所、送金高、使用先)

(5)小学校、中学校の成績について

(6)現代に於ける崇拝せる実業家

(7)購買雑誌の種類及び主として読むべき個所 著者名

(8)カフェーの出入の有無。如何なる時に、興味の程度

■先輩社員にかわいがられる新人

マルクス主義にかぶれていないか調べる気満々だが、その一方で、休日の過ごし方、長所短所、子ども時代、さらに現代でいうところのキャバクラ通いまで、質問はかなり広範だ。思想信条だけではなく、「人となり」まで丸裸にしようという意図が透けて見える。

実際、この就職ハウツー本の「第3章 採用方針と採用試験」では、企業側の5つの採用方針が紹介されているのだが、「身体強健」「学業優秀」「品行方正」と並んで、「性格温和」と「思想穏健中正」という「人となり」が挙げられている。まず、ここに登場する「性格温和」とは単に温厚な人柄という話ではない。「1人っ子」は就職に不利だというのだ。本文の記述を引用しよう。

『妥協性に乏しいものは、仕事が円滑に運ばないのみならず、不平不満が起こり易く永続きしないから何れの方面でも嫌われる。此の意味に於いて獨り息子などはとにかく気儘に育てられ調和性を欠き、永続性が乏しいので忌避せられるることが少なくない。世の獨り子たるもの心して進まねばならぬ』

要するに「周囲の人間と合わせられるか」ということだ。「思想穏健」も同様で、マルクス主義に限った話ではなく、キレやすくないか、理想論者ではないか、個性が強すぎないか、そして家が貧しくないか、など「内面」について幅広くチェックしていた。

『穏健なる思想を持つてゐるといふことが何よりも大切である。感情に走り易い者、理想に捉はれ奇を好む者、何となく明るくない性格の者は好かれない。兎角家庭の裕福でない者や複雑な者が除かれるのは、確かに此の點の懸念からであることを知らねばならぬ』

当時の企業の採用担当者は、新卒を選考する際に学業や品行方正さなどと同じくらい、「周囲と衝突しない、人あたりの良さ」を重要視していたのだ。

ということは、「趣味・特技」などの人となりを探るような質問というのは、会社にとってリスクの高い共産党員か否かの踏み絵的な目的だけではなく、「先輩社員にかわいがられる新人」を選ぶために新卒採用の現場で広まっていった部分もあるということなのだ。

■日本独自の採用スタイル

能力や適性ではなく、「協調性があるか」「みんなと仲良くなれるか」という発想で人を採用するケースは海外では少ない。「和をもってサラリーマンとす」という、日本独自の採用スタイルといえよう。

しかも、驚くのはそれが既に太平洋戦争前に確立していたということだ。よく戦後の高度経済成長期からバブルまで日本経済が右肩上りで成長をしていたのは、新卒一括採用、年功序列、終身雇用という日本型雇用のおかげだ、みたいなことをふれ回っている人も多いが、実は年功序列も終身雇用も戦前の国家総動員体制の中で確立されたシステムだ。

そして、現在にもつながる「愛読書は何ですか?」という質問をするような人物重視の選考も、戦前の世界大恐慌あたりも普通に行われていた。

戦後の日本人たちが築き上げたように思い込んでいる社会・経済システムの多くは、戦前・戦中のものを「引き継ぎ」しただけに過ぎないのだ。令和日本を生きるわれわれは、明治生まれの人々がつくってくれた「遺産」にいまだにしがみついてメシを食っている、と言っても過言ではない。

これは冷静に考えてみると、非常に恐ろしいことではないか。90年前の組織マネジメント、人材選考システムほとんどアップデートされることなく「現役」で運用されているということは、われわれの労働者に対する人権意識、労働環境、賃金などの感覚も、90年前からほとんど変わっていないということになるからだ。

実際、当時の就活ハウツー本を読んでみると、昨年当たりにネットで書き込まれていたと聞いてもまったく違和感のないような企業経営者の「本音」がゴロゴロと転がっている。以下は、前出『中等学校学生と就職の実際』の中で紹介された、今の高卒にあたる若者たちが、企業から引く手数多となっている背景の解説だ。

『中等程度の実業学校の卒業生であれば、俸給は割合は少くて済む上に、どんな仕事をさせても彼等は不平も言はずに働くし、始めにさせる仕事も難しいものでなくて簡単なのだから(此の點はタトヒ専門程度以上の卒業生を採用しても同じである)左程の長期間仕込まなくとも役に立つこと。而も年齢が若いから、専門程度や大学程度の学校の卒業生よりも個性が定まり居らず使ふ方の仕向け方で却つて使ふ方の為に心身になつて働く様になること』(同上)

■「従順な社畜」に

右も左も分からない高卒の若者は、教育次第で、低賃金でも喜んで社長のために命を投げ出す、「従順な社畜」に仕立て上げられる。大学を出て下手に知恵がついている大卒より「洗脳」しやすいというわけだ。多くの企業カルチャーが戦前にルーツにあるように、「やりがい搾取」で社員を低賃金でコキ使う「ブラック企業」も、既に戦前に誕生していたというわけだ。

日本の企業、雇用、働き方などのカルチャーは戦前からほとんど変わっていない。海外ではほとんど見られない「上司との飲みニケーション」や「忘年会・新年会」も既に戦前からある。定時出社、殺人的な通勤電車も同様だ。

そう考えていくと、われわれに「働き方改革」だとか「ダイバーシティ」を実現するというのははなから無理な話ではないか、という気もしてしまう。どんなことでも90年以上も続いた慣習、常識を変えることは並大抵のことではないからだ。

例えば、いくら厚労省などが、選考の現場で面接官が「愛読書は?」という質問をしてはいけない、と呼びかけたところで、このような質問が日本の採用現場から消えることはない。

ネットやSNSで文句を言っている人がたくさんいるように、「実際に働いたことのない学生が、使いものになるかどうかを判断するのは、限られた時間の中で、さまざまな質問をして“人となり”を探るしかない」という考えが根強い。面接官自身も新卒時にそのような質問をされてきたし、その上司や経営陣もされてきたので、いまさら就職差別と言われてもまったくピンとこない。だから、変える気も起きない。90年以上続けられてきたことを変えるのは、かなりの決意、エネルギーを要するものなのだ。

では、どうすればいいか。「人の意識」はそう簡単に変わらないが、システムというのは政治がリーダーシップを発揮すれば、ガラリと変えられる。そうして少しずつ「人の意識」を変えていくしかない。

なぜ高卒や大卒に「趣味は?」とか「頑張った部活動は?」という仕事と直接結びつかない質問をしなくてはいけないのかというと、実務経験がないからだ。ならば、実務経験を持たせればいい。バイトやインターンという就労経験を選考で重視するような制度をつくればいいのだ。

「バカバカしい」とあきれる声も多いだろうが、世界的にはそのような考え方が驚かれる。経済協力開発機構(OECD)の国際学力調査「PISA 2015」によれば、日本の15歳生徒のアルバイト実施率は8.1%で、調査対象の57カ国・地域の中で2番目に低い。

「子どもが勉強に集中できる、それだけ豊かな国なのだ」と胸を張る人も多いだろうが、先進国の子どもたちもかなりバイトに勤しんでいる。米国は30.4%、ニュージーランド36%、デンマーク33%、英国23.1%、ドイツも17.9%だ。

■引き継がれてきた「戦前の働き方」

先進国といえども、それだけ貧しい子どもが多いのかというと、そうではない。社会に巣立つ日が近い高校生くらいの子どもの場合、バイトやインターンなどの「就労経験」は、社会勉強であるとともに、就職活動をする際に立派なアピールポイントになるのだ。

日本もこのような考え方が広まれば、面接官が「愛読書は?」なんて不毛な質問をしなくて済む。もちろん、日本ではいまだに「高校生は勉強と部活をしていればよし」とか「バイトをしたら勉学を差し障りがある」みたいな価値観が根強いので、企業側がいきなり採用でバイト経験を重視なんて言ったら、教育現場から「子どもたちの学びの自由を奪うのか」とか大騒ぎをする。

まずは政治の力で、教育現場での「学生のバイトは悪いこと」という扱いを変えていく。高校3年間、放課後を土日を部活にささげた学生だけを「よく頑張って続けたね」とチヤホヤするのではなく、放課後や土日にバイトを続けていた学生も「この経験が社会人になっても生かせるね」と学校側に認めさせる。正式に部活やボランティアという課外活動と並列にするのだ。

「そんな無茶苦茶な」とあきれるだろうが、それくらい無茶苦茶なことをしないと、90年間に引き継がれてきた「戦前の働き方」の呪縛から逃れることはできない。

「無茶だ」「現実的ではない」「もっと議論を」と叫び続けるだけでは、もはやこの国は前に進むことができないのではないか。

窪田順生氏のプロフィール:

テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者、月刊誌編集者を経て現在はノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌へ寄稿する傍ら、報道対策アドバイザーとしても活動。これまで300件以上の広報コンサルティングやメディアトレーニング(取材対応トレーニング)を行う。

近著に愛国報道の問題点を検証した『「愛国」という名の亡国論 「日本人すごい」が日本をダメにする』(さくら舎)。このほか、本連載の人気記事をまとめた『バカ売れ法則大全』(共著/SBクリエイティブ)、『スピンドクター “モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)など。『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)で第12回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。

関連記事
  1. 【底辺キャバ嬢の盛り場より愛を込めて】困窮女性の大量参入で「ヤバいパパ」が急増 シャワー浴びてる間に財布からお金を盗み逃走

  2. 愛子さまご成年 3種類のドレスご着用、「ティアラ」で正装も

  3. 日大・田中理事長は「相撲界の常識」踏襲 知らぬ存ぜぬでスキャンダル乗り切った過去

  4. 市から突然1300万円請求…なぜ? 年金生活の80代女性に 専門家「今後数年で同様の高額請求を受ける人は増える」

  5. 保健室女性教師「ソープ勤務」だけじゃない ハレンチ教員懲戒事件簿