古葉竹識さんを悼む

怒ったあとにニコッ 記者もやられた「古葉スマイル」

サンスポ
広島優勝、”Vデー”にはビールをぶっかける。監督・古葉は少年の日、「いつかこんなにビールをかぶってみたい」と思ったという
広島優勝、”Vデー”にはビールをぶっかける。監督・古葉は少年の日、「いつかこんなにビールをかぶってみたい」と思ったという

広島、大洋(現DeNA)で監督を務めた古葉竹識さんの死を1983年から広島で3年間担当したサンケイスポーツ・羽座川剛記者(63)が悼んだ。厳しい指導と猛練習が代名詞だったが…。

◆封筒から紙幣数枚を私に「はい」 怖くて、厳しくて、優しい人だった。

1986年10月27日、記者は古葉さんと広島市民球場の食堂で向かい合って座っていた。前年の85年で広島の監督を退き「野球から離れて充電する」と1年間、多くのメディアから誘われながら解説も評論もしないでいた古葉さんに、広島-西武の日本シリーズでの臨時の評論を依頼し、シリーズは史上初の第8戦にもつれこんでいた。

「原稿料をお渡ししておきます。1試合増えたので8回ぶんになっています。ご確認ください」

「ふ~ん、そうね」

古葉さんは、封筒を開けると無造作に数枚をつかみ出し「はい」と私に突き出した。もちろん、受け取れない。逡巡していると一喝された。

「人が見とるじゃないね。何ごとかと思われるよ。早くしまわんね。どつくよ‼」

迫力に負けて思わず受け取り、ポケットにしまいこんだ。

「この10日間、世話になった。そのお礼。会社には黙っときんさい」

怒ったあとに、ニコッとあの古葉スマイル。監督時代の選手たちもこれにやられるんだろうなと感じた。

◆「それじゃハガキが届かんよ」 評論担当で帯同している間、球場には、大洋(現DeNA)から監督就任要請が来ていた古葉さんを取材する大洋担当の記者も詰めかけていた。コーチ編成について私に聞いてくる先輩もいた。古葉さんが私に教えてくれるはずはない。そういう人ではない。「ずっと横にいるのに何も聞いていないのかよ」。嫌みを言う先輩もいた。ただ、先輩の記者たちとあれこれやっていると、そのメモをのぞきこんだ古葉さんにこう言われた。

「ようできとるじゃないね。けど、それじゃ、〇〇と●●のところには、ハガキが届かんよ」

どういう意味? ポストが違う‼ 理解するのにしばらくかかった。

「これでハガキ届きますか?」

書き直したメモを見せると、何も言わずにニッコリ。優しい人だった。あの古葉スマイル、もっともっと見たかった。(1983-85年広島担当 羽座川剛)


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