芸能界の〝駆け込み寺〟だった瀬戸内寂聴さん ’83年は懐にショーケンが飛び込む「監獄よりきつい修行をしなさい」

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共著「不良のススメ」の発表会見で笑顔を見せる寂聴さん(右)と萩原さん。親子のような関係だった=2009年撮影
共著「不良のススメ」の発表会見で笑顔を見せる寂聴さん(右)と萩原さん。親子のような関係だった=2009年撮影

瀬戸内寂聴さんは、数々の事件を起こした俳優、萩原健一さん(2019年死去、享年68)や「STAP細胞はあります」で大騒動となった元研究者、小保方晴子さん(38)ら、社会的バッシングを浴びた芸能人や著名人の〝駆け込み寺〟となったことでも知られる。自身の出世作がポルノ小説と世間から批判された経験から、同じ境遇の人たちに母親のような愛情と包容力で手を差し伸べてきた。

小説家、瀬戸内晴美から出家で寂聴を名乗るようになって10年たった1983年。大麻所持で逮捕され、懲役1年、執行猶予3年の有罪判決を受けた萩原さんが懐に飛び込んできた。マスコミに追い回されて居場所を失い、東京から新幹線のトイレに3時間も隠れ、たどり着いたのが京都・嵯峨野の寂庵。まさに駆け込み寺だった。

萩原さんとは、80年放送の日本テレビ系ドラマ「花冷え」の原作者と主演俳優の関係でしかなかったが、「監獄よりきつい修行をしなさい」と手を差し伸べた。萩原さんは、山道を1日4時間、12キロ歩いて2800円の喜捨を得るたびに泣いてありがたがったという。

ただ、寂庵ではお手伝いさんら多くの女性が働いており、老いも若きもショーケンにメロメロに。それをいいことに、謹慎生活ながら酒を飲むなど懲りない萩原さんに手を焼いた寂聴さんは、禅寺の天龍寺にあずけた逸話を持つ。

その後も酒気帯びで人身事故を起こしたり、恐喝容疑で逮捕されるなど萩原さんが事件を起こすたびに優しい言葉をかけて、かばい続けた。「かくまったのが縁だから、別れようもない」とわが子のようにかわいがり、小説を書かせたりもした。萩原さんも「おかあさん」と呼び、毎朝のように電話をかけるほど2人の絆は強く、共著「不良のススメ」まで出版した。

世間中からバッシングされる人への寂聴さんの思いやりは、自身の出世作「花芯」がポルノ小説と批判され、5年も干された苦い体験がさせている。社会から〝狼少女〟のレッテルを貼られた小保方さんと雑誌「婦人公論」で対談した際には、「あなたがされたことはいじめ。弱ったときに親切にしてくれる人が本当に親切な人なの」と励ました。

「今にみていろという気持ちがエネルギーになった」と悔しさをバネにした。自身が煩悩にのたうち回ったからこそ、悩む人に共感し、手を差し伸べた人生だった。

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