ヤクルト・塩見が〝神走塁〟 「前のめりでチャレンジ精神を持って戦っていく」高津監督の考え体現!

サンスポ
塩見が好判断でタッチアップ。遊飛を先制点につなげた(撮影・今野顕)
塩見が好判断でタッチアップ。遊飛を先制点につなげた(撮影・今野顕)
練習前に〝青空ミーティング〟を実施。高津監督が訓示した(撮影・赤尾裕希)
練習前に〝青空ミーティング〟を実施。高津監督が訓示した(撮影・赤尾裕希)

(セ・クライマックスシリーズ・ファイナルステージ第1戦、ヤクルト4-0巨人、ヤクルト2勝、10日、神宮)〝神走塁〟で勝利をつかんだ!! ヤクルト・塩見泰隆外野手(28)が一回、先頭で左中間二塁打を放つと、1死一、三塁から村上宗隆内野手(21)の遊飛で生還。貴重な先制点、決勝点を生むビッグプレーを見せた。試合前には、高津臣吾監督(52)が「前のめりで積極的にチャレンジ精神を持って戦っていく」と訓示。その言葉をナインが見事に体現した。

1回、ヤクルト・村上宗隆の打球をキャッチする巨人・坂本勇人=神宮球場(撮影・松永渉平)
1回、ヤクルト・村上宗隆の打球をキャッチする巨人・坂本勇人=神宮球場(撮影・松永渉平)

行けるのか⁉ 1万7792人の観衆が、固唾をのんだ。一回1死一、三塁。高く上がった飛球が遊撃手・坂本のグラブに収まると、三塁走者の塩見がスタート。本塁を陥れた。

「何とかまず1点と思っていて、積極的な走塁でもぎ取れたことはすごく良かったと思う」

一瞬の好判断が生んだ貴重な先制点だった。村上の打球は強風で左翼方向に流れ、背走した坂本がやや体勢を崩しながら捕球。一度はハーフウエーで構えた塩見は瞬時にタッチアップに切り替え、生還を果たした。

まさに、CSファーストステージを連勝して突破し、勢いに乗る巨人の出ばなをくじく〝神走塁〟。高津監督も「いろいろな状況、判断でスタートを切ったのは素晴らしかった」と賛辞を惜しまなかった。

ポストシーズンの走塁といえば、1987年の日本シリーズで西武・辻発彦(現監督)が一塁から一気に生還した〝伝説の走塁〟が有名だ。今回はミスに乗じたものではないが、ヤクルトが20年ぶりの日本一を果たせば、これもまた〝伝説〟として刻まれ得るビッグプレーだ。

布石は、練習前にあった。指揮官は神宮球場の右翼付近に選手、コーチ、スタッフを集め、決戦を前にこう訓示した。

「僕らは常に前のめりで積極的にチャレンジ精神を持って戦っていく。絶対受け身になっては駄目。積極的に全力でバットを振る、全力で腕を振ることだけを集中してやっていけば絶対勝てる、絶対できる、君らは絶対やると信じている」

それは、レギュラーシーズン中に「絶対大丈夫」とナインを鼓舞し、優勝につなげた高津監督の新たな〝魔法の言葉〟となった。一回に2ランを放ったサンタナも、捉えたのは初球。「前のめり」な姿勢が流れを呼んだ。

塩見はお立ち台で「これからも、積極的な走塁でチームにいい流れを持って来られるように頑張っていきたい」と宣言した。日本一へ、ヤクルトは前のめりに進む。(赤尾裕希)

■村上の一打は「犠飛」にならず 一回に塩見を生還させた村上の遊飛は、公式記録で「犠飛」とならなかった。公認野球規則で犠牲フライの定義は「外野手または外野の方まで廻り込んだ内野手が、(1)捕球した後、走者が得点した場合」とされており、巨人・坂本の捕球は外野まで回りこんだと解釈されなかった。村上には打点がつき、打数もカウントされた。

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