講談師・旭堂南龍 貪欲に「波」を追う西のホープ

産経ニュース

危機に瀕した上方講談

昭和43年発刊の『講談師ただいま24人』(一竜斎貞鳳=いちりゅうさいていほう=著)という一冊がある。これによると、内訳は東京が23人、関西はなんと三代目旭堂南陵ただ1人であった。

南陵はその後、多くの弟子を育てて上方講談の灯を守ったが、南龍(当時南青)が旭堂南左衛門に入門した平成16年当時もまだ、講談界は苦境にあった。

「講談会を開いたら、約100人入る会場でお客さんは90歳近い高齢の方4人。講談師のほうが7人で多かった。やっていけるのかと不安になりました」

旭堂南左衛門に入門した平成16年当時の苦境を振り返る旭堂南龍。寄席の鳴り物担当として落語家と顔なじみになり、落語会で講談を披露する場を増やしていった=大阪市浪速区(南雲都撮影)
旭堂南左衛門に入門した平成16年当時の苦境を振り返る旭堂南龍。寄席の鳴り物担当として落語家と顔なじみになり、落語会で講談を披露する場を増やしていった=大阪市浪速区(南雲都撮影)

経済的にも限界が近づいていた18年、大阪市北区に上方落語の定席「天満天神繁昌亭」が誕生した。

「もうなりふり構っていられない。講談師ではあり得ないことですが、一番太鼓など寄席で使う鳴り物を練習して、鳴り物担当として寄席に呼ばれるところから始めました」

そうして顔なじみになった落語家のつてで、落語会で講談を披露するようになり、気鋭の講談師として知られるように。平成30年には上方講談界で27年ぶりの真打に昇進し、明治期の人気講談師、藤井南龍から「南龍」の名跡を継いだ。

80年ぶりの定席誕生と挑戦

翌年、親交のある旭堂小南陵が大阪に約80年ぶりの講談の定席「此花千鳥亭」(同市此花区)をオープンさせ、さらに流れが変わる。

「講談専用の発信拠点ができたことで、念願だった『続き読み』に挑戦できるようになったんです」

講釈場があった時代、講談は数日から長いもので1年かけて物語を読み切る続き読みが主流だったという。だが、近年は講談会や寄席に合わせて人気の段だけを抜き出して読む「抜き読み」がメインに。

「人気の段もその前後の話があるから面白い。続き読みこそ講談の醍醐味(だいごみ)です。そのために今、埋もれたネタをどんどん掘り起こしている。それを後世に残していくのも役割です」

古典を大切にする一方、母校である近畿大のマグロ養殖のドラマを取材し講談にした「近大マグロ物語」など、新作にも意欲的だ。

「すごい話なのに固い文献でしか説明されていないとか、文章ですら残っていないというのが講談師は燃える。新作講談を通じて、世の中に知られていない偉人や逸話を面白く知ってもらいたい」という。

新型コロナウイルス下での配信も手伝い、上方講談のファンは増えたが、ブームというにはもう一息。

「いま水面下ぎりぎりまできている状態。釣りあげてもらえるように、毎日毎高座、完全燃焼です」。上方講談の新時代は目前まで来ている。(田中佐和)

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