野球がぜんぶ教えてくれた 田尾安志

助っ人の気持ちを支える

産経ニュース
かつて中日でプレーしたケン・モッカ。1982年のリーグ優勝にも貢献した
かつて中日でプレーしたケン・モッカ。1982年のリーグ優勝にも貢献した

今季のプロ野球のペナントレースは例年以上に外国人選手の働きがチームの明暗を分けた。新型コロナウイルス禍で、日本での単身生活にストレスをため込んで退団する選手が続出。各球団は東京五輪開催中の中断期間に一時帰国を許可するなど、対応に苦慮した。

外国人選手の人選では実績や力量だけでなく、性格や考え方など内面にも目を向けて判断できるかが大事だ。米大リーグで脚光を浴びる選手ではなくても、日本で野球をしたいという熱意を持ち、伸びしろがある人は大勢いる。中日時代のチームメートで、1982年のリーグ優勝に貢献したケン・モッカがいい例だ。

プレースタイルを懐かしく思い出す。守備はうまくない。足は遅い。鋭いスイングというより、どん詰まりの当たりでも打球を力で押し込んで安打にしてしまう。泥臭いけど、いつも本当に一生懸命に全力でやっていた。普段の振る舞いも紳士だから、彼を嫌う者は誰もいなかった。

僕が米大リーグのキャンプを取材に行った1999年。練習休日に米アリゾナ州のゴルフ場で、モッカと十数年ぶりに再会した。アスレチックスでコーチを務めていたモッカも偶然ゴルフをしに来ていたのだ。後日、チームの練習を見せてもらったが、打撃投手も務めて選手を指導する彼のひたむきな姿は現役時代そのままだった。

その数年後にモッカはアスレチックス、ブルワーズの監督にまでなった。現役時代はメジャーで大した実績はなかったが、日本の野球の優れた面を米国に持ち帰って指導者としてのキャリアに生かした。

グラウンドの外でも日本の文化に親しみ、環境になじもうとする選手はチームに好影響をもたらす。阪神で三冠王となったランディ・バースも、チームメートだった川藤幸三氏(現OB会長)から将棋の指し方を教わり、ロッカールームや遠征先で周りの選手たちと対局しながら、コミュニケーションに生かしていた。

誰しも、慣れない異国の地で野球に集中して結果を出し続けるのは容易なことではない。助っ人が気分よく働けるよう、気持ちを乗せられるか否かは各球団の力量が試されるところであり、チーム運営の重要ポイントの一つといえるのではないだろうか。(野球評論家)

  1. 【安保法案特別委採決】辻元氏、涙声で「お願いだからやめて!」と絶叫 民主、プラカード掲げ抵抗

  2. 市から突然1300万円請求…なぜ? 年金生活の80代女性に 専門家「今後数年で同様の高額請求を受ける人は増える」

  3. 【ニュースの核心】「ワクチン入手困難」の韓国・文大統領が“命乞い” あす米韓首脳会談、見抜かれている“二股外交”のツケ…「踏み絵」迫る可能性

  4. 板野友美インスタ更新「何にも変えられない心の支え」 ヤクルト・高橋奎二と結婚

  5. 名将・野村克也が見抜いていた「高津にあって矢野にないもの」