最近の患者さんは賢くなったので、医者が何種類も薬を出そうとすると、「そんなに必要ですか」と聞く方が多くなりました。なにも聞かないと、医者というものはとにかく薬を出します。
同じ医者として信じがたいのは、ちょっとした風邪でも何種類も薬を出す医者がいることです。保険証さえあればクリニックや病院に行けるため、薬局より病院によく行きます。しかし、病院で処方される薬も薬局で購入できる薬も、風邪を治すことはできません。
風邪は、新型コロナと同じく、ウイルスが原因です。ウイルスが鼻やのどにくっついて炎症を起こし、くしゃみ、鼻水、咳、痰、喉の痛み、熱が出ます。病院で処方してくれる薬は、すべて症状を和らげるためのもので、ウイルスを叩くものではありません。
風邪は薬では治せないのです。風邪薬は、それこそ何十、何百種類もありますが、すべて症状を緩和させるだけです。
よく「抗生物質をください」という患者さんもいますが、もらっても無意味です。抗生物質(=抗菌薬)は、文字通り、細菌と戦う薬です。細菌とウイルスはまったく別の病原体です。
一例をあげます。医者から、次のように5種類の薬を処方された患者さんがいます。
①カロナール200mg=毎食後2錠(1日3回×7日分)
②トランサミン250mg=毎食後1錠(1日3回×7日分)
③アストミン10mg=毎食後1錠(1日3回×7日分)
④ムコダイン500mg=毎食後1錠(1日3回×7日分)
⑤クラリス200mg =朝晩1錠(1日2回×7日分)
この患者さんは、①~⑤を合計すると1週間に119錠もの薬を飲むことになります。もちろん、それぞれ処方された理由はあります。
カロナールは解熱・鎮痛薬で、喉の痛みを和らげ熱を下げます。トランサミンは喉の痛みを和らげる効果が、アストミンは咳止めの効果があります。ムコダインは痰の切れをよくする薬で、クラリスは抗菌薬です。
となると、トランサミンとアストミンは効果がかぶるのでどちらか一つ、クラリスは抗菌薬なので不必要で、気休めにしか過ぎません。
ではなぜ、この医者は5種類もの薬を出したのでしょうか? 素直に解釈すれば、患者が訴えるすべての症状を叩こうとしたからといえるでしょう。しかし、病院の「売り上げ増」や「薬価差益」(仕入れ値と公定価格との差額)を狙ったとも言えるのです。
忘れてはいけないのは、どんな薬にも副作用があることです。たとえば、多くの風邪で用いられるイブプロフェン薬は、飲み過ぎると胃や腎臓にダメージを与えます。総合感冒薬に含まれる抗ヒスタミン薬は、眠気やだるさという副作用を引き起こします。この例で言えば、不必要な抗菌薬クラリスは、アレルギーや下痢、吐き気を引き起こすリスクがあります。
症状が軽ければ、氷枕やしょうが湯のような伝統的な知恵の方が薬に勝ります。薬が有効なのは熱が高かったり、咳がひどかったりと、症状が重いときです。
病院で処方される薬は、医師が処方箋を出して、薬剤師が調剤したもので、これを「医療用医薬品」と呼びます。一方、薬局で買える薬は一般用医薬品、またはOTC医薬品と呼ばれます。
現在、風邪の症状に対する薬は、ほぼOTC医薬品として切り替えられています。また、かつて風邪薬と一緒によく出されたビタミン剤の単純な栄養目的としての処方、うがい薬の単独の処方は、保険適用外となっています。
■富家孝(ふけ・たかし) 医師、ジャーナリスト。1972年東京慈恵会医科大学卒業。病院経営、日本女子体育大学助教授、新日本プロレスリングドクターなど経験。「不要なクスリ 無用な手術」(講談社)ほか著書計67冊。