風街とデラシネ~作詞家・松本隆の50年を読み解く

松本隆は自分のことを「アルバム作家」 その証明となった太田裕美『木綿のハンカチーフ』

松本隆の世界観で輝いた太田裕美
松本隆の世界観で輝いた太田裕美

 松本隆がプロデューサーだったことはどのくらい知られているだろう。

 1973年から74年にかけて南佳孝『摩天楼のヒロイン』、あがた森魚『噫無情(レ・ミゼラブル)』、岡林信康『金色のライオン』『誰ぞこの子に愛の手を』と4枚のアルバムをプロデュースしている。

 彼が作詞家として放った最初のヒット曲は、73年10月発売のチューリップ『夏色のおもいで』と74年6月に出たアグネス・チャンの『ポケットいっぱいの秘密』。つまりプロデューサーと作詞家の二足のわらじを履いていたことになる。

 ただ、プロデユースしたアルバムは思うような結果を残すことができなかった。彼は『風街とデラシネ 作詞家・松本隆の50年』の取材で「プロデューサーでは食えなかったんだよね」と笑った。その一方で『夏色のおもいで』と『ポケットいっぱいの秘密』はスマッシュヒット。作詞家に専念するようになった。

 70年代に“あっち側・こっち側“という言葉があったことを知る人はもう多くない。“あっち側“は芸能界で、“こっち側“はフォークやロック、シンガー・ソングライターの世界である。アグネス・チャンの所属は“あっち側“の牙城のように思われていた渡辺プロだ。松本は“あっち側”に寝返ったとバッシングされることになった。

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