濃いお茶に合う和菓子の代表格といえば羊羹(ようかん)だが、あんこがずっしりと感じられる伝統ある練り羊羹の売り上げは低迷している。創業200年以上の京都の老舗和菓子店でも年間約50本しか売れないというから深刻だ。しかし、その老舗の女将が羊羹を薄くスライスして販売したところ人気に火が付き、売り上げは1000倍に。和菓子業界に新風を吹き込む大ヒット商品の誕生に、当の女将も「こんなに売れるとは思ってもみなかった」と驚いている。
コペルニクス的転回?
羊羹を薄く切っただけと言えば語弊があるが、その名も「スライスようかん」を開発したのは、1803年創業の老舗和菓子店「亀屋良長」(京都市下京区)の女将、吉村由依子さん(44)。きっかけは3年半前の朝の食卓で、当時小学2年の次男から「パンにあんこを塗って」と頼まれたこと。ただ、冷めたあんこはパンに塗りづらく、考えた末に思い当たったのが、当時中学1年だった長男が食パンに乗せて焼いていたスライスチーズだった。「薄い羊羹ならばパンと合わせられる」とひらめいたという。
もっとも、吉村さんは「スライスした羊羹なんか誰も必要としていないと思っていたので、商品化までは考えていなかった」と話す。そもそも昔ながらの練り羊羹の売り上げでさえ年間で約7万5000円にすぎない。製造取りやめを考えたこともあったが、「和菓子屋に羊羹がないのもどうか」と思いとどまり、何とか作り続けている状況だった。
転機はほどなく訪れた。百貨店の担当者から「あんこの催事をしたいので、何か面白い商品を開発してほしい」と依頼があったのだ。吉村さんはすぐにスライスようかんの開発に取り掛かった。だが、単に羊羹を薄くスライスすればいいかといえば、そう甘くはない。「こしあんだと風味が出ない。粒あんなら風味が残るが、あずきの皮が器具に引っかかりうまくスライスできなかった」(吉村さん)ためだ。
そこで吉村さんは粒あんをミキサーで挽(ひ)き、皮を残した状態でペースト状にする方法を考案。食パンになじむスライスようかんの厚さについても、2ミリ、2.5ミリ、3ミリ、3.3ミリと試行錯誤を重ね、バランスが最も優れていた2.5ミリを採用した。こうしてスライスチーズのように食パンに乗せてトーストできる「スライスようかん」が誕生した。
百貨店の催事会場に、伝統を打ち破るトーストに合う和菓子が並んだ。「ちょろちょろ売れればいいかな程度に思っていた」。吉村さんはこう振り返る。
しかし、予想に反してスライスようかんは大変注目を集めた。売り場ではバイヤーがトースターで「ようかんトースト」作りを実演。トーストにマッチする和菓子は「あんこ離れ」が進む若者にも訴求した。コペルニクス的転回ともいうべきか。吉村さんは「和菓子はおやつの時間にしか当てはまらなかったが、朝食にもなるスライスようかんによって、ターゲットが広がった」と話す。