朝ドラのころ

「チョッちゃん」古村比呂(3)普段は牛乳瓶の底のような眼鏡…それでもファンにバレバレ

サンスポ
ヒロイン発表会見に駆けつけた原作者の故黒柳朝さん(右)。古村を励ましてくれた=1986年11月
ヒロイン発表会見に駆けつけた原作者の故黒柳朝さん(右)。古村を励ましてくれた=1986年11月

私が演じた蝶子は女優、黒柳徹子さんの母、朝(ちょう)さん(2006年死去、享年95)がモデル。ヒロイン決定会見で、朝さんにもあいさつすることができました。チャーミングな方で、「とってもいいんでないかい」と私と同じ故郷・北海道弁で言ってくれたのを思い出します。

ドラマの撮影に向け、バランス体操などさまざまな特訓を積んだ=1986年11月
ドラマの撮影に向け、バランス体操などさまざまな特訓を積んだ=1986年11月

■朝さんから北海道弁で激励 徹子さん自身も、ゲスト出演してくれたんですよ。徹子さんが子供時代の話なので、ご本人の役ではありません。蝶子が戦時中に北海道から疎開した青森県で、農産物の行商をしている素朴なおばさんの役でした。

タマネギヘアは封印し、牛乳瓶の底のような眼鏡をかけ、徹子さんには全く見えない。でも、ご本人の優しいぬくもりが伝わる役でした。撮影中はほとんど話ができなかったんですが、「チョッちゃん」の放送終了後にテレビ朝日のトーク番組「徹子の部屋」にも招いていただきました。

牛乳瓶の底…と言えば、懐かしい話があります。当時、私は新人に近い存在。現代ではドラマなど作品自体の人気が出ると、出演者も何かとすぐネットで話題になりますけど、30年以上前ですからそんなこともない。たしか、「チョッちゃん」の視聴率が上がり始めた87年の5月か6月のことだったと思います。

■近所のスーパーで囲まれ… 実は当時近眼だったので、普段の私は牛乳瓶の底みたいな分厚いレンズの眼鏡をかけていたんです。しかも、部屋着のような私服のまま、ある日、1人で自宅近くのスーパーに買い物に出かけたら…。見知らぬおばさんたちから「ちょっと、あなた! チョッちゃんじゃない!」と声をかけられ、あっという間に囲まれてしまったんです。

素顔に近いのにバレバレなんて、21歳の私はびっくりするやら怖いやらで…。その日は結局、何も買わずにあたふたと帰宅しました。そのことを後日、共演の春風亭小朝さんに話すと「役名で呼ばれるのは、すごい幸せなことなんだよ」と教えてくださったんです。そのときはピンと来なかったけど、今になってしみじみ実感しますね。

「チョッちゃん」の視聴率は平均38・0%で、最高は46・7%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。今さらながら朝ドラってすごい!

そういえば、おっちょこちょいの私は、撮影中に思い切り転んだり、頭を打ったりすることもありました。数多くの失敗や苦労もしましたが、充実した時間を過ごせたと思います。多くの素晴らしい人と出会い、学んだ「チョッちゃん」は、今も私の人生の礎(いしずえ)です。(24日に続く)

★中学では「泣く泣く」ソフトボールで投手 古村は幼稚園の頃から高校2年までクラシックバレエを続けた。中学では、2人姉妹の姉がソフトボール部だったため、半ば強制的に入部させられたという。「投手をやりましたが、本当に泣く泣くでした。でも、今年の東京五輪で金メダルを獲得した女子ソフトボールの投手、上野由岐子さんは格好よかった。人間のあきらめない力ってすごいですね」と脱帽。「チョッちゃん」のヒロインに選ばれた20歳の頃は身長163センチ、B82W58H85だったといい、均整のとれた体形は長く続けた体の鍛錬のおかげもあるようだ。

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