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堺市駅のミュシャの絵画に秘められた願い コロナ禍に苦しむ市民への励ましのメッセージ

ミュシャの優しい絵に彩られた堺市駅構内(提供写真)
ミュシャの優しい絵に彩られた堺市駅構内(提供写真)

 10月に入って、少しずつ日常が戻ってきました。これからはリベンジ消費にリベンジ観光といきたいところですが、コロナ第6波も気になるので、まずは手近なところで楽しみたいものです。

 そんな機運を察してか、大阪のJR阪和線堺市駅が突然、アール・ヌーヴォーの旗手アルフォンス・ミュシャの優しい絵画に彩られました。駅構内は今、柔らかな日差しが射したような明るいムードに包まれています。

 しかしなぜ堺市駅にミュシャなのでしょう。堺市といえば、世界遺産に登録された巨大な前方後円墳「仁徳天皇陵」や茶道の千利休など日本史イメージが強くて、ヨーロッパのアール・ヌーヴォーとの関係はちょっと思い浮かびません。ただ堺市駅は都市の玄関口となる基幹駅。明確な目的がなければ、これほど目立つ企画はできないはずです。そこで早速、取材しました。

 接点はすぐにわかりました。堺市に住んでいた「カメラのドイ」創業者の故・土居君雄氏が世界有数のミュシャコレクターだったのです。その約500点のコレクションは、彼の他界後、堺市に寄贈されました。堺市はこれを受けて「堺アルフォンス・ミュシャ館」を設立しました。つまり堺市には世界有数のミュシャ美術館が存在しているのです。

 さらにミュシャの絵画には、起死回生の壮大なドラマが秘められていました。

 話は111年前の1910年に遡(さかのぼ)ります。パリで苦学し画家になったミュシャは、故郷のチェコに帰って愛国心あふれる作品を制作していました。そんな中、彼の故郷が新国家チェコスロバキア共和国として独立を果たしたため、ミュシャは新国家のために紙幣や国章などを無償でデザインしたそうです。ところが第二次世界大戦中の1939年、ナチス・ドイツがこのチェコスロバキアを解体し、ミュシャを危険人物として収監してしまったのです。その後、解放されたものの、極度の心労からミュシャは命を落としたと云われています。

 しかし彼の作品は死にませんでした。60年代に入ると、アメリカを中心にアール・ヌーヴォーが再評価され、ミュシャの絵画が世界的な脚光を浴びたのです。そして戦後復活した故郷チェコ共和国でもミュシャは国民的画家として尊敬を集めるようになりました。

 つまりミュシャの絵画には、戦争や国家解体という究極の絶望にも屈せず、見事にV字復活を果たした歴史と、時代に翻弄されながらも強く生きた人々の心が生きているのです。これで、ようやく堺市駅がミュシャの絵画で彩られた理由がわかりました。この企画は、コロナ禍に苦しむ市民に対して、V字回復を願う励ましのメッセージだったのです。

 仕掛け人の堺市広報戦略専門官・北田明子さんは、以前から世界有数のミュシャコレクションを生かす機会をうかがっていたそうです。そして長引いた緊急事態宣言解除の時こそ、ミュシャのパワーで市民を励ます絶好のタイミングと考えたのだとか。これは観るしかありませんね。今月31日まで。もちろん鑑賞無料です。 

 ■殿村美樹(とのむら・みき) 株式会社TMオフィス代表取締役。同志社大学大学院ビジネス研究科「地域ブランド戦略」教員。関西大学社会学部「広報論」講師。「うどん県」や「ひこにゃん」など、地方PRを3000件以上成功させた“ブーム仕掛け人”。

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