1995-戦後転換点の年、九州の風雲児『博多 一風堂』東都へ出陣

SankeiBiz

阪神淡路大震災、そしてオウム真理教による地下鉄サリン事件が起こり、自社さ政権下で東京には青島幸男都知事が、大阪には横山ノック府知事が当選を果たした。Windows95の発売で喧伝された「インターネット元年」。それが、戦後50年の節目にもなった1995年だ。

その時代に出現したラーメン店に焦点を当て、日本経済の興隆と変貌、日本人の食文化の変遷を活写する本連載。今回は、その1995年に東京に初進出を果たした福岡の麺豪『博多 一風堂』にフォーカス。55年体制的な価値観が崩れつつある中で創業者の河原成美が提示した「新世代ラーメン店主像」を紐解いていく。

阪神淡路大震災 支柱が崩れ横倒しになった阪神高速道路神戸線(1995年1月17日)
阪神淡路大震災 支柱が崩れ横倒しになった阪神高速道路神戸線(1995年1月17日)

始まりの終わりか、終わりの始まりか 1995年という戦後の分水嶺

野茂英雄が太平洋を渡ってメジャーリーグに挑戦し、『少年ジャンプ』新年号は史上最大の653万部という発行部数を叩き出した。ストリートにはナイキのハイテクスニーカー「エアマックス95」を履く若者、安室奈美恵のスタイルを真似るアムラーが闊歩。『新世紀エヴァンゲリオン』がテレビで初放送され、家電街から電脳街に変貌する秋葉原には「Windows95」発売を待望する未明の行列ができた。阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件という戦後最大級の出来事が想定外の課題を投げかけつつ、目まぐるしくも活気あるトピックが目立った1995年のニッポン。

しかし、経済では奈落の暗い口が見えつつあった。この年、個人向け住宅ローンを専門に取り扱う住宅金融専門会社(住専)の巨大な債権が明るみになり、バブル時代の不良債権、その処理をめぐる問題が深刻化。3月には円が1ドル80円台に突入し、一時的に79円台を記録する。超円高によって輸出型産業の収益は軒並み大ダメージ。製造業の多くが海外に生産拠点を移し始める。「ものづくりの国・日本」の看板は時代の風に飛ばされつつあった。

人口動態、家族のあり方を考える上でも潮目だ。この年、15歳から64歳までの生産年齢人口は8716万人とピークに。戦後直後から右肩上がりだったこの指数は翌年から減少に向かう。日本の総人口が減り始めるのは2010年代だが、この頃から働き手のボリュームゾーンは毎年100万人単位で減っていくことになる。

そして、専業主婦世帯と共働きの世帯数が逆転したのもこの年だ。主婦が家庭を守る『サザエさん』『ドラえもん』的な家族はマイノリティになり、夫婦が共に働き、子育てをするファミリー像が模索され始める。日本社会が急速に老い、家庭像の価値観も急速に変貌していく、その始まりは1995年にあった。

ネオ職人像を模索する河原成美率いる『一風堂』が恵比寿にやってきた

そんな大転換の1995年、恵比寿にラーメン店『博多 一風堂』がオープンした。今や大人が楽しめる食の街として名を馳せる恵比寿だが、トレンドのオーラをまとうようになったのは1994年にオープンした「恵比寿ガーデンプレイス」以降のことだ。

もともと、恵比寿駅は日本麦酒醸造会社(現サッポロビール)がビールを出荷するための駅として1901年(明治34年)に誕生。一帯は、サッポロビール恵比寿工場がフル稼働する工場街だった。「われわれが出てきた頃は、恵比寿と大崎はまるで取り残されたみたいな街でしたからね」(1985年に出店した『らーめん香月』関係者 dancyu1997年12月号より)という証言の通り、大人の食タウンというイメージは微塵もなかったのである。

しかし、1985年に工場は閉鎖し、船橋へ移転。その跡地を再開発したのが恵比寿ガーデンプレイスだ。再開発からほどなく、JRには埼京線、湘南新宿ラインも乗り入れるようになり、交通の利便性も向上。現在はサッポロホールディングスやスバルなどのレガシー企業、クックパッド、カカクコムなどITベンチャーも多く本居を構えるオフィス街へと変貌。

また、スターダストプロモーションやセント・フォースなどの芸能プロダクション、ファッション系の専門学校も多い。オフィスワーカーから芸能、メディア関係者までが多く行き交う情報発信地になり、ハイセンスな飲食店が次々に開業していった……それが「大人の街・恵比寿」ができあがった経緯だ。

では、その恵比寿のラーメン事情はどうだったのだろうか。90年代初頭までは背脂を浮かせたコッテリ系の『香月』、あっさり醤油スープに生姜をきかせた『恵比寿ラーメン』が二大巨頭として存在感を発揮していた。街にトレンディの匂いが漂う90年代中盤から、ラーメン店の出店が活発化。渋谷『喜楽』で修業を積んだ『香湯ラーメン ちょろり』、ご当地ラーメンとして北海道から『らーめん山頭火』、さらに『尾道ラーメン 萬友』などが続々参入し、東京の一大激戦区として名を馳せていく。

そして、1995年に満を持して『博多 一風堂』が見参。トレンドスポットにしてラーメン激戦区へと殴り込みをかけたのだ。

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