スタメン抜てきに応えた!田中碧が代表初ゴール 人生で一番の緊張も「子供に夢を与えなきゃ」

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前半、ゴールを決める田中。先発起用に応えた(撮影・蔵賢斗)
前半、ゴールを決める田中。先発起用に応えた(撮影・蔵賢斗)

サッカーW杯アジア最終予選B組第4戦(12日、日本2-1オーストラリア、埼玉)B組第4戦で日本はオーストラリアに2―1で競り勝った。2勝2敗で勝ち点を6に伸ばした。前半8分、最終予選初先発のMF田中碧(23)=デュッセルドルフ=の代表初ゴールで先制。不振にあえいでいたチームを勢いづけた。4位に入った東京五輪で全6試合に先発した実力者が、価値ある勝利に貢献した。

崖っぷちの日本に救世主が現れた。この試合が代表3試合目のMF田中は、0-0の前半8分に左クロスをトラップして前を向き、右足を振り抜いた。停滞感を吹き飛ばすような先制点がゴール左におさまり、両手を広げて歓声を体全体で浴びる。イレブンが駆け寄り歓喜の輪ができた。

「僕の人生の中でも、これ以上緊張することはないくらい。この試合が終わって引退してもいいと思うぐらい、後悔のない試合をしようと思った」

W杯アジア最終予選では初招集。W杯出場へ黄色信号がともるなかで得た出場機会で「自分がいることの意味をピッチで出さないといけない」と攻守に躍動した。相手がボールを奪えば高い位置で素早く奪回し、時にはDFラインまで下がってビルドアップに参加。味方にはパスの出しどころを指さして指示を出すなど、攻守でさまざまな場面に顔を出した。タフな23歳も最後は「足がつりかけていた」と試合終了のホイッスルを聞くと、その場に座り込んだ。

6月にJ1川崎からドイツ2部デュッセルドルフに移籍。川崎時代から〝自主練の鬼〟だった。全体練習後に、ほとんどの選手が個人練習をするJ1王者のなかでも、その練習量は人一倍。午前中に全体練習を終えても、そこから筋力トレーニングや体のケアに取り組み、クラブハウスから出てくるころには日が暮れていることも珍しくはなかった。

今夏の東京五輪では全6試合に出場。しかし、五輪前から常に「目標はW杯出場」と言い続けてきた。「2026年に(W杯に)出るのと、22年に出るのは全然違う」。A代表と五輪代表を兼任した森保監督が掲げていた〝東京経由、カタール行き〟を目標にドイツで成長を重ねた。

7大会連続7度目のW杯への道をつないだ。「ここに来るときに5歳ぐらいの子供が、僕らのバスの写真を撮っていて、こういう子供に夢を与えなきゃいけないと感じた」。〝碧き侍〟が日本サッカー界の未来をつなぎとめた。(山下幸志朗)

■田中 碧(たなか・あお)1998(平成10)年9月10日生まれ、23歳。川崎市出身。小学3年で川崎の下部組織に入り、17年にトップチーム昇格。18年9月の札幌戦でJ1デビューを果たし、初得点。19年12月の東アジアE―1選手権でA代表デビュー。昨季J1でベストイレブンに初選出された。今年6月、ドイツ2部・デュッセルドルフへ移籍した。J1今季20試合1得点、同通算79試合8得点。A代表通算3試合1得点。177センチ、69キロ。