話の肖像画

出井伸之(11)ソニーの広報は「後方」でなく前向きに

産経ニュース
広報担当役員時代。前列中央が本人(ソニーグループ提供)
広報担当役員時代。前列中央が本人(ソニーグループ提供)

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《平成元年に取締役となり、その翌年に広報と宣伝、デザインを横断的に担当する役員に就く。事業部長のころとは違い、会社全体をみる立場になった》


ソニーのブランドをさらに強化するために、それまでばらばらに対外発信をしていた広報、広告宣伝、プロダクトデザインをひとつにまとめ、「コーポレート・コミュニケーション」という考え方を導入しました。

コーポレート・コミュニケーションとは、ソニーの製品を買ってくださる消費者や機関投資家、マスコミなどあらゆるステークホルダー(利害関係者)に対し、トップマネジメントのメッセージを一貫性を持って対外的に発信するということです。

まず広報とはどういう業務かを勉強しようと思って、アメリカ企業の広報担当役員が書いた本を読みました。その本には、ある製薬会社が薬品を作り間違える不祥事を起こしたものの、それを弁解するのにおろおろせず、社会の信頼を取り戻していく過程が記されていました。

何でも頭を下げて謝罪する日本企業とは異なるスタイルを知って、僕は「なるほど」と思いました。そして「ソニーの広報は〝後方〟を向いていないで前を向いていこう」と言いました。

消費者に対しては、プロダクトデザインや広告宣伝を通した発信も重視しました。月に1度、社長の大賀典雄さんも出席する会議で、新製品のモックアップ(模型)をお披露目する場がありました。

誰が見ても、「かっこいい」と思うようなソニーらしいデザインにこだわって議論しました。大賀さんには何回か「こんなのじゃダメだ」と言われました。それでも僕もデザイナーもめげませんでしたけどね。

現在でもこのようにトップのメッセージを統一して対外発信することについて、ここまで考えている日本企業はあまり多くないのではないでしょうか。


《社内にシンクタンクを創設する》


若いころから、仮説と検証を繰り返してきました。学者だったおやじが家でも本を読んだりして研究している姿をみていた影響だと思います。ソニーに就職するときには「カンパニー(社内)エコノミストになる」という志を持っていました。

広報担当役員になって、社内の有志10人ぐらいを集めて、「プロダクツ・ライフスタイル研究所」というシンクタンクのような組織を作りました。

ソニーを取り巻く環境が急激に変わってきたことを感じ、市場の方向性や消費者動向などあらゆることを僕も一緒に調査・分析しました。「今後の10年に向けて」や「戦略的中期事業計画の提案」などのリポートをまとめ、社内のキーパーソンに配布しました。

将来のメディアのあり方についても探り、21世紀のコミュニケーションがどのようになるかという内容の本も外部に出版しました。


《日頃のマスコミの対応も業務の一つに》


広報担当役員になると、新聞記者がよく僕のところに取材で来るようになりました。僕が社長に内定したのは平成7年1月で、発表までには約2カ月間の準備期間がありました。大賀さんが社長になってから、すでに12年以上が経過しており、トップ交代がいつあってもおかしくはない時期でした。

ただ、14人の先輩方を差し置くことになる僕の人事に気付いているマスコミ関係者はいませんでした。内示があってからも、彼らからよく「次の社長は誰ですか」と聞かれて困りましたね。「本当は僕なんだけどな…」と思いながら、「誰でしょうね」とごまかすしかありませんでした。

社長人事が発表されたときには、彼らから「なんで教えてくれなかったんですか」と不興を買ったのも思い出です。(聞き手 米沢文)

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