「その時代の常識は書かない」 さいとう・たかをさん追悼 「ゴルゴ13」長寿の秘密

産経ニュース
モデルガンを手にポーズを決める漫画家のさいとう・たかをさん=平成29年5月、東京・中野の「さいとう・プロダクション」(酒巻俊介撮影)
モデルガンを手にポーズを決める漫画家のさいとう・たかをさん=平成29年5月、東京・中野の「さいとう・プロダクション」(酒巻俊介撮影)

9月24日に84歳で死去した漫画家、さいとう・たかをさんは、半世紀以上にわたって連載が続く「ゴルゴ13」をはじめ、「無用ノ介」「サバイバル」などの名作を生み出したが、その原点には自らを「職人」と位置付ける矜持(きょうじ)があった。

さいとうさんにインタビューしたのは平成29年。東京都中野区のさいとう・プロダクションを訪れた。当時80歳。仕事量はピーク時の4分の1程度にまで減らしていたというが、創作意欲は旺盛だった。話だけでなく、「ゴルゴ13」の主人公さながらに、モデルガンを構えての写真撮影にも快く応じてくれた。

取材の中心は「ゴルゴ13」のこと。同作について「計算ずくめでやっていたから、長く続けられたのは不思議でも何でもない」と語っていたのが印象に残っている。年月を経ても色あせない魅力の一端も明かしてくれた。「その時代の常識やその時代の価値観では書かないようにしてきた。それをやると、その時代しか通用しない。それを意識してやらないようにしてきたのが、何とか続いてきた理由の一つだと思っています」というものだった。

中学2年のときに手塚治虫の「新宝島」を読み、「絶対、この仕事は将来伸びると思った」という。さいとうさんは、漫画や劇画を「夢」ではなく「職業」ととらえていた。

自身を「職人」と評していたことも忘れられない。手塚や石ノ森章太郎らの名を挙げ、「この世界で天才と呼ばれる人は、自分の感性で書いて読者に受け入れられる人」と定義づけ、「私らみたいに死にものぐるいで何とか持っているというのは職人です」と語った。その「職人」意識は、やがて各分野の「職人」が集団で作品を生み出す分業制の発想につながり、現在のさいとう・プロダクションの設立に結実する。

物語の生命は漫画家の死とともにとぎれがちだが、「ゴルゴ13」は、今後もスタッフらの手で紡がれる。チームによる創作態勢を築いたことが功を奏したのだろう。さいとうさんは、ただの職人ではない。亡くなった後も作品の継続を可能にした「天才職人」だった。

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