定年後の居場所

ダイエー創業者・中内功氏の「自主独立心」 神戸新開地の気風が影響

 少し前にダイエー創業者で流通革命の旗手でもあった中内功(1922-2005)氏と会ってきた。もちろん実際にご本人と会ったのではなく、流通科学大学内の中内功記念館を訪問したのである。

 実は、私の実家は中内氏と同じく神戸新開地近くにある薬局だった。ミステリーの大家である横溝正史氏も実家は同じ地域の薬局だった。中内氏と同年齢だった私の父親は、「新開地の薬局のおっさんはみな出世するのに例外もあるなぁ」とからかわれていた。最近のコロナ禍で地元を歩くことが多かったので、以前から記念館に行ってみたいと思っていた。

 記念館にあるサカエ薬局は中内氏が子供の頃過ごした建物を移築したもので、薬局にある調剤室も顕微鏡も私の実家にあるものとほぼ同じだった。二階はそれほど広くはないスペースに家族6人が暮らしていたそうだ。店舗付住宅なのでどうしても居住空間は狭くなる。風呂はなく私と同じく近くの銭湯に通っていたのだろう。当時の牛乳石鹸や金鳥の蚊取り線香なども見ることができた。まるで自分の実家に戻ったような錯覚が生じた。

 中内氏は召集されて、満州からフィリピンに転属した。そこで手りゅう弾を浴び、生死をさまようなかで「もう1度うまいすき焼きを食べたい」と家族団らんを頭に思い浮かべた。戦死した人をしのび、「安心して物が買える社会を作りたい」が後の原動力となった。

 彼は商品を安く売るため、価格はメーカーではなく小売り側が決めるとする「流通革命」を実現しようとする。生産者から何度も出荷を止められながらも、「消費者のため安くするのがなぜ悪い」と闘い続けた。牛肉を止められると、海外の子牛を買い、国内で育てて対抗し、洗剤会社の出荷停止には、公正取引委員会に訴えた。また自社工場を作り、各種の独自ブランドも築いた。

 1972年には三越を抜き、小売売上高日本一になった。戦後日本の流通業界の先頭を走ったが、バブル崩壊によって地価の下落が始まりダイエーの経営は傾き始めた。

 厳しい戦争体験が目立たない少年だった彼を激しい性格の流通革命家に変えたと書いている本もある。しかし後に日本最大となる暴力団の創始者山口春吉、日本画家の巨匠東山魁夷、大ミステリー作家の横溝正史、映画評論家の淀川長治などの面々が、同時期にこの神戸新開地に近い狭いエリアにひしめいていた。いずれも国や組織に頼らずに自分の道を切り開いてきた人たちである。

 当時、私の周囲にいた大人たちも会社員や公務員はいなくて、商人や職人、芸人など自らの足で立っている人が多かった。誰もが建前を言わずに本音で話す人たちばかりだった。私が生命保険会社に入社した時に一番驚いたのは、メンバーの協調を旨として周囲と一緒に仕事を進めるやり方だった。それは私が子どもの頃から受けていた刺激とは異なるものだった。神戸新開地が持つ気風が中内氏の自主独立心に影響している。そう感じながら記念館にある彼の仕事の年表を眺めていた。

 ■楠木新(くすのき・あらた) 1979年、京都大学法学部卒業後、生命保険会社に入社。50歳から勤務と並行して取材、執筆に取り組む。2015年3月、定年退職。現在、神戸松蔭女子学院大学教授。人事・キャリアコンサルタント。25万部を超えるベストセラーになった『定年後』(中公新書)など著書多数。21年5月に『定年後の居場所』(朝日新書)を出版。

zakzak

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