あの人も愛した京都「浜作」

竹内栖鳳ら常連画家が食事のお代替わりに作品寄贈

 チャップリンを魅了し、川端康成をして「古都の味 日本の味 浜作」と言わしめた板前割烹の元祖「浜作」。今年7月に京都・祇園から新町通り六角に移転し、江戸時代に豪商三井家が両替店を構えた洛中の中心地で再開した。それを記念して浜作と京都画壇を中心とした画家との交流について書いてみたい。

 画家への支援を惜しまなかった大倉喜七郎男爵や京都を代表する画商だった土橋嘉兵衛(その店、土橋永昌堂は当時四条堺町の円山応挙邸跡にあった)らが常連だったとあって浜作には多くの芸術家が出入りした。

 なので浜作には芸術作品が多くある。玄関にある伊藤小坡の美人画の大作に、柳宗悦による「心ヲゾ練リニシ」の字、壁には河井寛次郎、中庭への通りの前には藤田嗣治と、さながらギャラリーの趣だ。3代目主人・森川裕之さんによると、常連だった画家たちが食事のお代替わりに描いてくれたものが多いという。

 近代の京都画壇の頭目といえば、横山大観とともに第1回文化勲章を受章した竹内栖鳳だが、浜作には栖鳳の絵画も20枚ほどある。中でも富士山の絵は、祇園で第2次本店を構えた1939年に贈られたものだ。

 祇園八坂の塔の近くに豪邸(現在はイタリア料理店「ザ・ソウドウ東山」)を構えた栖鳳は、毎年12月の南座・顔見世興行歌舞伎千秋楽の翌日、ひいきにしていた初代中村鴈治郎をはじめ出演者や200人以上の芸舞妓を呼んで大忘年会をするのが常だった。京都の冬の風物詩でもあった栖鳳邸での忘年会の料理はすべて浜作が作った。初代・森川栄は栖鳳邸に炭をおこせる調理場をこしらえ、料理人30人体制でのぞんだという。

 栖鳳の竹杖会門下である橋本関雪も常連だった。新本店の奥のサロンには関雪による「青松無四時」の額が残されている。四季を通じて色を保つ松に真実を思う言葉を贈った関雪は、鮒ずしなど酒に合う料理を好んだ。もっとも酒好きが過ぎての店での破天荒な武勇伝にも事欠かない。

 そんな芸術家のやりとりに思いをはせていると名物のごま豆腐が出てきた。器は浜作のごま豆腐に感動した細川護煕氏によるもの。浜作は細川氏の祖父にあたる近衛文麿のためにも専用のまな板で料理を作っていたほどの仲だったので、護煕氏の器のごま豆腐は何代にもわたる交流のたまものでもある。

 ■大野裕之(おおの・ひろゆき) 脚本家、演出家。1974年、大阪府生まれ。京都大学在学中に劇団「とっても便利」を旗揚げ。日本チャップリン協会会長。脚本・プロデュースを担当した映画に『太秦ライムライト』、『ミュジコフィリア』(11月19日公開予定、谷口正晃監督。井之脇海、松本穂香、山崎育三郎出演)。先ほど『ディズニーとチャップリン エンタメビジネスを生んだ巨人』(光文社新書)を上梓した。

zakzak

  1. 【底辺キャバ嬢の盛り場より愛を込めて】困窮女性の大量参入で「ヤバいパパ」が急増 シャワー浴びてる間に財布からお金を盗み逃走

  2. 【衝撃事件の核心】しょうゆ差しに入れたのは…教職男の転落

  3. 死への虐待、4歳児最後の願い「ママ、お茶が飲みたい」

  4. 子供の病気やけがつくり出す「代理ミュンヒハウゼン症候群」 専門家「多くの誤解」指摘「小児に関わる医療者が意識を」

  5. コロナ禍で加速、18歳未満モデルの「闇撮影会」 学校やバイト休みで時間に余裕、「パパ活より安全」とひそかにブーム