「青天を衝け」外伝 渋沢栄一と女性たち

直孫・鮫島純子さん 賓客来訪時に飛鳥山の邸宅を訪問 渋沢の「心根」見える優しい応対

渋沢栄一の肖像(渋沢栄一記念館所蔵)
渋沢栄一の肖像(渋沢栄一記念館所蔵)

 鮫島純子(さめじま・すみこ)さん。大正11(1922)年生まれ。今年、白寿である。渋沢栄一と2番目の妻、兼子さんの次男、正雄氏のお子さんである。つまり、栄一の直孫となる。

 前にも少し触れたが、栄一はパリ洋行に先立って、万一の場合に備えて渋沢家断絶を避ける意味で「見立て養子」を迎えるが、彼を含めて認知した子供は、妻以外の子も合わせて総勢12人。

 だから、「お孫さん」なる方はかなりの数にのぼるが、いまご存命の、血のつながりのお孫さんは、この「鮫島純子さん」お一人だけ、になった。

 私が最初にお目にかかったのは、今から6年前の初夏。講演会の会場だった。「祖父の年を、去年超えてしまいました。いま92でございます。秋には93になります」と、つややかなお声でお話しなり、その凛としたたたずまいに、思わず頭(こうべ)を垂れたことをはっきり覚えている。

 純子さんは、ステージから楽屋へ、楽屋から駐車場へ、跳ねるような歩調で移動なさる。伺うところによると、80歳を超えてから社交ダンスを本格的に始められたとか。その時、「歩く姿勢としゃきっしゃきっと、靴を引きずらずに、なるべく大股で歩くことが大事ですの」と、にこやかに微笑まれた。以来、私もそうしている。

 一昨年、久しぶりにお目にかかれて、この時は食事もご一緒した。出される料理はコースで10品を超えていたと思う。しかし、ご飯と肉は少し残され、スピードも少しゆっくり目だったが、私とほぼ同じ量を、全部、きちんと召し上がる。

 「大切なのは適宜の運動とお食事、ね。ああおいしい!」と、私の目を真正面にごらんになりながらそうおっしゃる。ご一緒した時間は3時間くらいだったが、何より驚いたのは、その記憶力の確かさとお声の力強さ。キチンとした口舌で、おじいさまとの小さな思い出も一つ一つ、実に丁寧にお話しくださる。

 純子(すみこ)という名前は、栄一翁がおつけになったそうだが、その命名書には「純なるかな、純なるかな、惟精惟一、即ち純の純なるものなり」という翁の添え書きがあったことなどを、まるでその書が目の前にあるように、ソラでお話しくださる。

 栄一翁邸は東京北区の飛鳥山にあった。その大部分は空襲で焼失したが、そのお宅の芝生で他の親戚の子供たちと一緒になって遊んだと、純子さんは楽しそうにお話しになった。

 「飛鳥山は住まいというよりは迎賓館のようなものでございましたでしょ。国の内外から賓客がお越しになると、にぎやかしのためでしょうね、私たちに召集がかかるのですよ。おじいさまは、私たち一人一人の口にあめ玉を入れて下さりながら、その都度、頭をなでて『よう来て下すった』とおっしゃいました」

 小さなお孫さんたち一人一人に、きちんと感謝して、丁寧語で応対する栄一翁…。「日本の資本主義の父」である渋沢栄一の「心根(こころね)」をここに見た思いだった。 =おわり

 ■松平定知(まつだいら・さだとも) 1944年、東京都生まれ。早稲田大学を卒業後、69年にNHK入局。看板キャスターとして、朝と夜の「7時のテレビニュース」「その時歴史が動いた」などを担当。理事待遇アナウンサー。2007年に退職。現在、京都芸術大学教授などを務める。著書に『幕末維新を「本当に」動かした10人』(小学館101新書)、『一城一話55の物語』(講談社ビーシー)など多数。

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