昭和歌謡の職人たち 伝説のヒットメーカー列伝

酒井政利さん(2) マージャンで負けがこむと「勝つまで帰しませんよ」

 僕が酒井政利さんと直接、話をするようになったのは1977年だった。有名なヒットディレクター、酒井さんの業界内の風聞では、自宅に白い蛇を飼っているとか、家族構成は誰も知らないとか、酒井さんの歌を聴いたことがないとかの話が飛びかっていた。案外、冗談好きで、からかうことが好きなので、ご自身の自己演出だったのかもしれない。

 当時の制作ディレクターは「俺は作る人、貴方は黙って売る人」みたいな人が多かったが、酒井さんは宣伝においても主題歌、CMタイアップなどの仕掛けができる新しいタイプのディレクターだった。

 70年代後半のことだ。当時の渡辺プロダクションは森進一、沢田研二、布施明、天地真理、小柳ルミ子、キャンディーズ、太田裕美らとヒット歌手を抱えていた。

 なので所属タレントの新曲は渡辺晋社長も出席して開かれる「御前会議」で決定していた。発売元のレコード会社の制作担当者と渡辺音楽出版の原盤ディレクターら各社が集まる会議だった。

 渡辺音楽出版にいた僕は新人、石川ひとみの新曲の詞の直しを社長から言われたが、抵抗しすぎて、その場で担当を降ろされたことがあった。

 会議後に社長室に呼ばれると、驚いたことに酒井さんが社長の隣に座っていた。社長が「酒井君、彼をどう思いますか」と言いながら両手を狭めていた。「視野が狭い」というジェスチャーだ。そして、「しばらくの間、いろいろ教えてやってもらえないか」と酒井さんに預けられることになったのだ。他社の人に弟子入りした形だ。社長の配慮に感謝である。

 ある日、ある作詞家との打ち合わせに、あろうことか僕は遅刻してしまった。作詞家の事務所に着くと、入り口の椅子に座っていた酒井さんは僕の顔を見るなりすごいけんまくで怒られた。そして10円玉を3枚渡された。

 「これで電話ぐらいしなさい。遅れたら、おわびして本題に入るまで、どれだけ時間がかかるかわかりますか」

 おっしゃる通りだった。打ち合わせに入ると酒井さんは相手の目を見てゆっくりうなずく。同じ方向を見ながら、自分の方向に気分よく持っていくのである。

 一緒にマージャンの卓も囲んだが、負けがこむと「勝つまで帰しませんよ」となる。優しさと強さが同居した思いやりのある人だった。

 さかい・まさとし 南沙織、郷ひろみ、山口百恵、キャンディーズら300人余をプロデュースし、売上累計は約8700億円。『愛と死をみつめて』『魅せられて』で2度の日本レコード大賞を受賞した。2020年度文化功労者を受章。21年7月16日、85歳で死去。

 ■篠木雅博(さかい・まさとし) 株式会社「パイプライン」顧問、日本ゴスペル音楽協会顧問。1950年生まれ。渡辺音楽出版を経て、東芝EMI(現ユニバーサルミュージック)で制作ディレクターとして布施明、アン・ルイス、大塚博堂、五木ひろしらを手がけ、椎名林檎や石嶺聡子のデビューを仕掛けた。2010年に徳間ジャパンコミュニケーションズ代表取締役社長に就任し、リュ・シウォン、Perfumeらを輩出してきた。17年に退職し現職。

zakzak

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