「青天を衝け」外伝 渋沢栄一と女性たち

平岡円四郎の妻、平岡やす 栄一に再婚を決意させ…ずっと続いた彼女への「眩い思い」

NHK大河ドラマ「青天を衝け」で、平岡円四郎の妻、やすを演じる木村佳乃
NHK大河ドラマ「青天を衝け」で、平岡円四郎の妻、やすを演じる木村佳乃

 渋沢栄一は、幼なじみの千代と18歳と17歳で結婚した。その生活は四半世紀続いた。その千代がコレラに罹患(りかん)して死ぬ。享年42。呆然自失の栄一は、千代の亡骸を前に立ち尽くす。その栄一が再婚した。それも「1年後」に…。

 何が栄一にそう決断させたのか。もちろん、何よりその再婚相手(伊藤兼子)が素晴らしい人だったのだ。でも、私は栄一の「その決断」の陰に、一人の女性の存在を見る。

 その女性とは、攘夷の志士を目指していた栄一を、徳川慶喜につなげたキーパーソン、慶喜の側近、平岡円四郎の妻、やすである。

 やすは、吉原の売れっ子芸者だった。そのころ、幕府の学校・昌平黌(=昌平坂学問所)きっての秀才でありながら、家を出て長屋暮らし、放蕩(ほうとう)無頼の日々を送っていた旗本の息子、平岡円四郎に見そめられて妻となった。

 結婚後は武士の妻として、かいがいしく夫の世話をした。会話は歯切れのいい江戸弁。互いに厚い信頼で結ばれたおしどり夫婦の交わす、この「ちゃきちゃき会話」を初めて聞いて、栄一は瞠目(どうもく)する。それは、ペリー来航のころというから、栄一、13歳ごろの話である。

 商売見習いのため、父に連れてこられた初「江戸」の雑踏の中でのことだった。人混みの中で男女がふたり。笑顔を交わしながら、歯切れのいい江戸弁で話す光景は、なんだか、とても眩しかった。

 それから10年近くがたった。しかし、神様は時々、粋な計らいをなさる。栄一は円四郎と再会するのである。栄一の言う、「一を聞いて十を知る質」の円四郎と、円四郎の言う、「自分の主張を気後れすることなく真っすぐ述べる」栄一は、心を通わせるようになる。

 円四郎邸にも、しばしば呼ばれた。そして、そこにはいつも、やすがいた。栄一といとこの喜作が平四郎の家に来るたびに、やすは2人に向かって、「お前(まい)さんたち、うちの人をちゃんと守ってくれるんだろうねぇ」と、いたずらっぽく言う。栄一はその江戸弁が快くて、思わず深くうなずいたりした。

 しかし、その平四郎が、2人の水戸藩士に暗殺される。一報を聞いたやすはその場に突っ立ったまま、虚空をにらんでこう叫ぶ。

 「嘘なんだろう。ね。嘘って、そう言っておくれよ」

 栄一がこの悲報を聞いたのは半月後のことだった。平四郎邸に駆け付けた栄一は、やすに会う。後年の栄一だったら分からないが、やすは大恩人の妻。栄一はただただ首(こうべ)を垂れるだけ。もちろん、直接行動は何一つとることはなかった。

 でも、彼女への「眩い思い」だけは、その後も切れることなく続いた。そして、20年余。

 愛妻、千代が死ぬ。何も手がつかない栄一は、たまたま家事の手伝いにと伊藤兼子を雇う。兼子は、実家は没落、自らは離婚という人生の一大事に、「この難局を自分の力で生きていく。『芸者』はよし。妾はいや」と決意した女性。この「兼子の気風(きっぷ)」に触れたとき、栄一はそこに卒然、やすを見たのではなかったか。

 ■松平定知(まつだいら・さだとも) 1944年、東京都生まれ。早稲田大学を卒業後、69年にNHK入局。看板キャスターとして、朝と夜の「7時のテレビニュース」「その時歴史が動いた」などを担当。理事待遇アナウンサー。2007年に退職。現在、京都芸術大学教授などを務める。著書に『幕末維新を「本当に」動かした10人』(小学館101新書)、『一城一話55の物語』(講談社ビーシー)など多数。

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