「青天を衝け」外伝 渋沢栄一と女性たち

母・ゑい「みんながうれしいのが一番」…慈善活動事業の源に

NHK大河ドラマ「青天を衝け」で、渋沢栄一の母、ゑいを演じる和久井映見さん
NHK大河ドラマ「青天を衝け」で、渋沢栄一の母、ゑいを演じる和久井映見さん

 天保11(1840)年2月13日、「日本の資本主義の父」といわれる渋沢栄一は「血洗島」で生まれた。何やら「国定忠治・決闘赤城山」みたいなおどろおどろしい名前だが、この武蔵国榛沢(はんざわ)郡(現・埼玉県深谷市)の血洗島は決闘とは関係ない。

 命名由来は、赤城山の大ムカデと日光の大蛇とが争ったときに、その血を洗った場所といった説をはじめ、いくつかある。栄一の生家のすぐ北を流れる利根川の度重なる氾濫で、この地はしょっちゅう土地が洗われた「地、洗い島」だったからという説が有力である。

 この地名は今でも残っている。例えば、栄一の生涯の大親友で、2歳違いのいとこ、喜作と幼いころ、一日中遊んだ諏訪神社近くの交差点の信号機には今もはっきりとその文字が書かれてある。

 この血洗島の鎮守、諏訪神社では、伝統的な獅子舞の祭礼が行われている。栄一も喜作も、この獅子舞が大好きだった。お祭り前には2人して猛特訓をやったという。後年、栄一は実業家として多忙の身になってもスケジュールをやりくりして、必ずこの祭礼の日には帰郷した。毎年、神社最前列で「後輩たち」の獅子舞を見るのが決まりだった。

 そのうち自然に、その最前列には、栄一の「指定立見席」ができたという。この神社の鳥居や社殿の扁額(へんがく)は後年、栄一が揮毫(きごう)しているが、同じような神社が、血洗島から歩いて10分の隣村、下手計(しもてばか)村にもある。これは「鹿島神社」という。ここにもその社殿には栄一が揮毫した扁額が掲げられているが、彼らの幼年時代は、ここも「毎日の大切な遊び場」だった。

 境内に入ると、この村出身の尾高惇忠(おだか・あつただ)の大きな頌徳碑(しょうとくひ)がある。この碑の篆額(てんがく)には、徳川慶喜の名前が刻まれている。この尾高惇忠という人物は栄一や喜作の学問の師、精神涵養(かんよう)の師。この尾高惇忠の頌徳碑に慶喜名の篆額があるのは、後年、栄一と喜作の2人が慶喜麾下(きか)に入った縁だろう。

 この神社の境内には、入ってすぐのところに大きな欅(けやき)の木がある。今は御神木として幣(ぬさ)を垂らしてあるが、かつてはこの欅の根元には水が滾々(こんこん)と湧いていた。その水を有効利用したのが栄一の母、ゑいだった。彼女はこの水を温めて大きな盥(たらい)に入れた。近所の主婦たちも協力してこの神社の欅の周りに臨時風呂場ができた。この盥湯を利用する近所の人たちの中には業病の人もいたが、ゑいは一切区別なく、その「おでき」の方の背中もやさしく流していたという。

 「みんながうれしいのが一番」…これが彼女の口癖だった。

 良質の藍玉の製造販売で成功し、渋沢家「中の家(なかんち)」の再興に成功した真面目で研究熱心な父の影響で、栄一は未曽有の経営者になったが、それと並行しておこなった病院、養護施設などの「慈善活動事業」への優しさの源(みなもと)は、この母、ゑいのお陰だった。

 ■松平定知(まつだいら・さだとも) 1944年、東京都生まれ。早稲田大学を卒業後、69年にNHK入局。看板キャスターとして、朝と夜の「7時のテレビニュース」「その時歴史が動いた」などを担当。理事待遇アナウンサー。2007年に退職。現在、京都芸術大学教授などを務める。著書に『幕末維新を「本当に」動かした10人』(小学館101新書)、『一城一話55の物語』(講談社ビーシー)など多数。

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