コロナ禍が助長するこころの病

失われた世代を冒す「パーソナリティ障害」 小田急線刺傷事件だけではない

乗客を恐怖に陥れた小田急線刺傷事件
乗客を恐怖に陥れた小田急線刺傷事件

 コロナ禍は、日本人のこころまで蝕(むしば)んでいます。緊急非常事態宣言下で、それまで抑圧されてきた犯罪行動を引き起こす事態が起きています。その典型例のひとつが、8月6日に起きた「小田急線刺傷事件」でしょう。

 乗客に次々と包丁で襲いかかった36歳の男は逃亡の揚げ句、コンビニで「ニュースに出ている事件の犯人です。逃げるのに疲れた」と名乗り出たという、あきれた犯行。乗客の20歳の女子大生が重傷を負ったほか、計10人がケガを負いました。その背後に日本社会が抱えてしまった抜きがたい病理があると思います。

 その病理とは、いわゆる「パーソナリティ障害」です。パーソナリティ障害は、単に性格が変わっている、歪(ゆが)んでいるというような問題ではありません。社会生活のストレスから精神障害を起こし、ものごとの認知能力、感情のコントロール、対人関係などに支障をきたすのです。コロナ禍との関係も捨てきれません。

 容疑者は、「幸せそうな女を見ると殺したかった」「勝ち組が憎かった」と供述したと言います。

 報道によると、中学・高校時代は、イケメンでモテモテ、大学時代までは「ナンパ師」を自称して、女子高生などに声をかけていたと言います。一方で、テニスサークルでの女性関係ではプライドをズタズタにされて中退したとも。自尊心が強すぎて傷つきやすく、それを回復できないまま生きてきたのでしょう。6年前に失恋し、さらに落ち込んでいたと言います。家宅捜索で押収されたと報じられたものの中には、「嗜好障害」と受け取れる物も。

 生活保護を受け、派遣労働もままならない状況であった36歳の男にとって、女性に対して勝てるのは、暴力以外にはなかったのでしょうか。

 それにしてもおかしいのは、「スクランブル交差点を爆破する」「サラダ油にライターで火を点けて発火させる」などと供述したということです。一流大の理工学部に学んだ人間の発想とは考えにくいのです。

 どこかで急にまともな社会生活から外れる出来事があったのでしょうか。妄想型の「統合失調症」を発症した可能性もあります。成人後に発症する例は意外と多くあります。容疑者は、精神鑑定されると思いますが、もし、精神的な障害があったと認定されれば、無罪もしくは減刑となります。刑法は精神に異常のある者に対しては、そのような措置を取ることを定めています。

 また、殺人未遂としての範囲が、1人かそれとも数人かでは、求刑の期間が変わります。知人の弁護士によれば、もし1人分の被害しか起訴されなくても、求刑は殺人未遂の相場である7~8年を下回らないのではとみています。

 残念ながら、いまの日本社会には、こうした“通り魔”的な事件があります。容疑者の個人的動機がなんであれ、通り魔事件の犯人に共通することがあります。それは、彼らが強烈な「疎外感」を持っていることです。

 お金も職もないうえ、夢も希望もない。そのうえ、スマホばかりやっていると、この世界は完全に閉じられます。狭い世界でその日暮らしが精いっぱいの20代半ばから40の男女、つまり「失われた世代」が、コロナ禍で必死にもがいています。バブル後生まれで、豊かな日本を知りません。

 彼らのケアは、医者の問題であると同時に、政治の問題です。

 ■吉竹弘行(よしたけ・ひろゆき) 1995年、藤田保健衛生大学(現・藤田医科大学)卒業後、浜松医科大学精神科などを経て、明陵クリニック院長(神奈川県大和市)。著書に『「うつ」と平常の境目』(青春新書)。

zakzak

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