「書店のないサハリンで僕の本が」 村上春樹さんが秘話

産経ニュース
記者会見でフォトセッションに応じる(左から)村上春樹氏、柳井正・ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長、建築家の隈研吾氏=22日午後、東京都新宿区(矢島康弘撮影)
記者会見でフォトセッションに応じる(左から)村上春樹氏、柳井正・ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長、建築家の隈研吾氏=22日午後、東京都新宿区(矢島康弘撮影)

10月1日開館の早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)に自身の書籍やレコードなどを寄贈・寄託した作家の村上春樹さん(72)。母校でもある早大で22日、記者会見に応じ、同館への思いや学生時代の思い出などを振り返った。村上さんの会見での主なやりとりは以下の通り。

「村上春樹ライブラリーが設置された早稲田キャンパスの4号館というのは、僕が学生だった頃、しばらくの間学生に占拠されていました。1969(昭和44)年、今から52年前ですか。4号館の地下ホールで山下洋輔さんがフリージャズのライブをやったんです。

僕はそのライブには行けなかったんですが、コンサートのドキュメンタリー番組を作った田原総一朗さんによると、民青や革マル派とか中核派とか、そういう仲の良くないセクト同士がみんな一つの場所に集まって、ケンカもせずに呉越同舟で山下さんの演奏に聞き入っていたという話です。

そういう建物を今回、丸ごと使わせてもらえるのはありがたいこと。非常に興味深い巡り合わせだと思うんです。山下洋輔さんにもいつか、同じ場所でピアノをガンガン弾いていただきたい…と思っています。

その当時僕ら(学生)は『大学解体』というスローガンを掲げていました。でも、もちろんうまくいかなかった。僕らが心に描いていたのは、先生が教えて生徒が承る―という一方通行的な体制を打破し、もっと開かれた自由な大学を作っていこう、という思いだった。理想としては、決して間違っていなかった。ただやり方がまずかったというだけで。

僕としては、この村上ライブラリーが早稲田大学の新しい文化の発信基地になってくれればいいな、と思っています」

――施設の感想や今後の展開について

「僕が死んでからこういうのは作ってもらえるとよかったんですよね(笑)。ただ、いろいろと事情があり、生きているうちにできてしまって、すごく緊張しています。もし僕が犯罪を犯したら、すごく困ったことになりますよね。早稲田大学にも申し訳ないし。でも、生きているうちにできたからには、できるだけ協力して、僕のイメージする環境を作っていきたいと考えています」

――同館に寄せた「物語を拓(ひら)こう、心を語ろう」という言葉への思いを

「5分くらいで作りました。僕は小説家なので、毎日物語を作っています。でもね、小説家だけじゃなくて、人というのは日々、自分の物語を作り続けているものです。意識的にせよ無意識的にせよ、人は自分の過去・現在・未来を物語化しないことには、うまく生きていけない。

でもね、今の若い人は自分の未来について、ポジティブな物語をうまく作れているんだろうか、ということを最近よく考えます。コロナ禍という特殊な今の状況下で、多くの人が自分の未来について、どちらかというと薄暗いビジョンしか抱いていないんじゃないかな、という気さえします。

また50年前の話になりますが、僕らの学生だった頃は、まだ日本も右肩上がりだったし、頑張って努力すれば世の中だんだん良くなっていくんじゃないか―という漠然とした共通認識があった。そういう楽観的な社会観や理想主義はもう戻ってこないんじゃないかと思いますが、それでもいつの世にも、どんな形でも、そういう理想みたいなものはあるべきだと思う。そういう良質な物語というか、『ほら、こういうものがあるんだよ』というサンプルを示していくのが、僕ら小説家の役目だと思います」

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