BOWWOW 45th HISTORY

解散から復活…”BOWWOW G2”で祝45周年

山本恭司(右)と斉藤光浩のBOWWOW G2が、日本のハードロック界を守り続ける
山本恭司(右)と斉藤光浩のBOWWOW G2が、日本のハードロック界を守り続ける

 1983年、光浩の脱退でBOWWOWは解散しますが、僕は前向きに受け止めたかった。次は自分のよりドラマチックな、プログレ的な要素を増やしたバンドを作ろうと。ヒントはそれらの要素が強かった僕の2枚目のソロ『Electric CINEMA』(82年)でした。BOWWOW最後のシングル「絆~FOREVER」(新ハングマンのテーマ)でキーボードを弾いてくれた厚見玲衣を誘い、厚見が紹介してくれたボーカルが人見元基。新美、佐野との5人で84年に結成したのがVOW WOWです。

 『BEAT OF METAL MOTION』でデビュー。86年には英国に渡り3年半活動しました。そこで生きたのは83年のBOWWOWの英ツアーでの経験です。しかし80年代終盤、それまで隆盛を誇っていたLAメタルが、ニルヴァーナを代表とするグランジロックによりシーンから追い出されてしまいます。僕らは90年に世界的プロデューサーのボブ・エズリンとLAで『MOUNTAIN TOP』を作りましたが、アメリカでの契約は得られなかった。日本では売れたけど、世界制覇の夢破れて解散します。

 僕はそのあとWILD FLAGを結成、新生BOWWOWにつなげますが短命に終わります。そして今に続くBOWWOWが復活したのは、盟友との再会がきっかけでした。レコード会社の人間となっていた光浩が、プロデュースしているバンドのアルバムに僕を呼んでくれたのです。

 久しぶりに一緒に入ったスタジオ。ふたりでギターを弾いてみたらピッタリ! “何年経っても合う。単発でもいいからライブをやろう”と、98年5月31日に新美とゲストの佐野もそろい、赤坂BLITZでライブ。アルバム『BACK』も出しました。

 2014年からは僕と光浩でギターが2本ということで”BOWWOW G2“と名乗り、ベースの松本慎二とドラムの小柳“Cherry”昌法は6年くらいやってくれています。僕らがメインのイベントは年に1回はやろうと考えていて、呼ばれればフェスとかも出たい。

 19年は会場が押さえられず、去年はコロナ禍でできませんでしたが、45周年の今年、こうして3年ぶりのライブが26日にできるのは本当にうれしい。BOWWOWは走り続けます。 

 ■BOWWOW ネム音楽院の生徒だった山本恭司(Gt&Vo)、DO.T.DOLLを解散した斉藤光浩(Gt&Vo)と新美俊宏(Ds)、山本が故郷松江でセッションした佐野賢二(Ba)のティーンエージャー4人で1975年に結成。76年に『吼えろ!BOWWOW』でデビューし、82年に英レディング・フェスに出演するなど海外でも活躍。83年に解散したが、別編成のVOW WOWの結成・解散を経て、98年にオリジナルメンバーで復活。2014年からは山本、斉藤のBOWWOW G2として活動。

 ■夕刊フジ・ロックフェスティバル 恵比寿ザ・ガーデンホール「BOWWOW45th Anniversary」9月26日(日)開催


zakzak

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