【東日本大震災から10年半 忘れない、立ち止まらない】新しい道をめざして…大手新聞社を退社した女性記者、被災者と接するうちに「もっと直接、役に立てないか」介護福祉士の資格取るため猛勉強(1/2ページ) - イザ!

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東日本大震災から10年半 忘れない、立ち止まらない

新しい道をめざして…大手新聞社を退社した女性記者、被災者と接するうちに「もっと直接、役に立てないか」介護福祉士の資格取るため猛勉強

奇跡の一本松。震災10年を機に三陸を離れても、別の形で思いを寄せてくれる記者は多い(東海新報社提供)
奇跡の一本松。震災10年を機に三陸を離れても、別の形で思いを寄せてくれる記者は多い(東海新報社提供)

 東日本大震災から丸10年が経過した今春、岩手県気仙地方(大船渡市、陸前高田市、住田町)に駐在していた記者仲間が数人、この地を離れた。複数の大手メディアが震災10年を区切りに、三陸の通信局や支局を廃止・統合したという経緯もある。

 「ここにとどまりたかった」

 異動する記者はほぼ例外なく、そう口にする。

 背景にはもちろん、当地の住みよさもあろう。だが、大半を占めるのは、復興の道半ばで離れることへの後ろめたさや、「もっと役に立ちたかった」という思いだ。

 実は昨年、某県紙から男性記者が1人、わが東海新報社に転職してきた。

 前職では沿岸支局にいた彼だが、一昨年の異動で本社内勤となった。けれど、「どうしても被災地で取材を続けたい」と、発災10年を前に、この小新聞社で働くことを決意したのだ。

 三陸へと舞い戻った彼が、毎日生き生きと飛び回っているのを見るのは本当にうれしく、ありがたく思う。

 大手の場合、「本社と現地とじゃ“見えているもの“が違いすぎる」と葛藤する記者も少なくない。あらかじめ“シナリオ”が用意された話や、被災者の思いにそぐわぬ内容を求めてくる東京の上司に反発し、戦う彼らの姿を、何度も目の前で見てきた。

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