「中田翔システム」は企業の知恵なのか 問題社員は「新天地」に飛ばしてリセット - イザ!

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「中田翔システム」は企業の知恵なのか 問題社員は「新天地」に飛ばしてリセット

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暴行問題で無期限謹慎処分を受けていた中田翔内野手が巨人に
暴行問題で無期限謹慎処分を受けていた中田翔内野手が巨人に

モヤモヤしているプロ野球ファンも多いのではないか。

日本ハムファイターズ在籍時、暴行問題で無期限謹慎処分を受けていた中田翔内野手が、巨人にトレード移籍をした途端、すぐさまに試合に出場、特大ホームランを打ったのだ。

「本人も深く反省しているのだからいつまでもゴチャゴチャ言うな!」「最近の日本は失敗した人間を叩きすぎだ! 再チャレンジを応援しろ!」という声も聞こえてくるが、一般企業で暴力事件を起こせば数カ月の停職になることも多く、悪質な場合などは懲戒解雇につながることもある。

そんな“庶民ルール”は一流アスリートには適応されない、と言わんばかりの特別待遇に、「素直に応援できない」「しっかりと謹慎してから復帰すべき」という厳しい意見が相次いでいるのだ。例えば、お笑い芸人の有吉弘行さんもラジオ番組『SUNDAY NIGHT DREAMER』でこんな“皮肉”を述べている。

「(TKO)木下(隆行)さんも、ペットボトル投げつけた後すぐ太田プロ来ればよかったんだよな。すぐ出られるだろ。謹慎しなくても。宮迫(博之)さんとかもそうじゃないの? 闇営業して次の日、太田プロ来てたら、もう出れたじゃん。“中田翔システム”だったら。後輩ぶん殴っても、球団うつったら出れるって……」

ただ、芸能界の「問題人物は徹底的に干す」というほうがマイノリティーで、日本社会では「問題人物は新天地でリセット」という「中田翔システム」を採用している組織のほうが圧倒的に多い。

実際、サラリーマンの皆さんならば一度や二度、素行不良ながら仕事はデキる人が、何かやらかしてしまった際、重い処分をされることなく、転勤や異動でウヤムヤにされるケースを見たことがあるはずだ。

球団を移ったとはいえ、中田翔選手もこれと基本的な構造は変わらない。クビになったわけでもなければ、減俸になったわけでもない。無期限謹慎という処分も巨人に移った途端にチャラだ。プロ野球界という巨大組織で見れば、「不祥事を異動でウヤムヤにした」以外の何者でもない。

「中田翔システム」が当たり前に

では、なぜ日本の組織ではこのような中田翔システムが当たり前になっているのか。結論から先に言ってしまうと、「人間的に難ありでも結果を出す人間」を組織につなぎとめておくための「知恵」という側面が強い。

一体どういうことか説明していく前に、まずは「人間的に難ありでも結果を出す人間」とは何かということから整理していこう。

『「オレは絶対に悪くない!」という“他責おじさん”が、なぜ出世するのか』の中で詳しく紹介したが、国内外のさまざまな調査によって、「組織」というのは、誰にも優しくて人間的に素晴らしい人よりも、弱い者をイジメたり、部下を精神的に追い詰めたりといった「人間的に難あり」の人のほうが、権力を握っていく傾向があることが分かっている。

例えば、オーストラリアのボンド大学の研究チームの調査でも回答者240人のうち64.2%が、「職場で性格の悪い上司ほど責任を取らされることがなく、横柄な方法で昇進する」との見方を示している。

これは日本も同様で、「憎まれっ子、世にはばかる」のことわざ通り、「性格の悪い上司」のほうが圧倒的マジョリティーとなっている。19年6月、「エン転職」を運営するエン・ジャパンがユーザー1万1286人を対象に調査したところ、なんと85%が「困った上司のもとで働いたことがある」と回答。その困った点の代表は「人によって態度を変える」。人として大事な何かが欠落した、典型的な“ヒラメ上司”である。

つまり、世の中というのは、後輩に暴力を振るうけど大黒柱としてチームを引っ張るとか、パワハラや職場イジメをするけれど、同期より早く出世階段を駆け上がっていくなどの、「人間的に難ありでも結果を出す人間」が実はかなり多く存在しているのだ。

当たり前だが、こういう人たちは対人トラブルを起こしがちだ。自分よりも立場の低い後輩や部下に対してナチュラルボーンで横柄ということは、そこに悪意がなくてもイジメやパワハラを誘発しやすい。中田選手のように、自分では面倒見がいい先輩だと思って「いじり」をしているうちに「いじめ」になってしまうのだ。

「問題をモミ消す」力学

さて、そこで想像していただきたい。このような問題が発覚した際に、組織として「人間的に難ありでも結果を出す人間」に正しい裁きを下すことができるだろうか。

10人いれば10人が「どんなに仕事ができても、組織のガバナンスや被害者救済のためにも、それなりのペナルティーを与えるのが当たり前だ」と即答するだろうが、言うは易しでこれを現実に実行するのはかなり難しい。

分かりやすいのが、ウーバーイーツで日本でもお馴染みの「ウーバー・テクノロジーズ社」だ。

17年、同社で働いていたスーザン・ファウラーさんが上司からのセクハラと、その相談を潰して逆に解雇をちらつかせた人事部の対応を告発して大きな話題になった。「セクハラは即解雇」と日本よりも厳しいスタンスで臨む米企業で、なぜこんなクサイものにフタといった対応になったのかというと、この上司が「人間的に難ありでも結果を出す人間」だったからだ。

ファウラーさんは働き始めてすぐに性的な関係を迫ってきたこの上司について人事部に通報した。しかし、耳を疑うような回答が返ってきた。会社に貢献するハイパフォーマーで、かつ初犯なので騒ぎにするなと警告され、あなたが異動して距離をとるか、現状に耐えるか、という選択肢を示されたのだ。

しかし、初犯というのは真っ赤なうそで、この上司はセクハラ常習犯だった。他にも同様の被害を受けた女性従業員が複数いたが、被害の声が上がるたびに人事部がモミ消してきたのである。そこで、ファウラーさんは自ら会社を辞めて告発に踏み切ったというわけだ。

ここまで言えばもうお分かりだろう。「人間的に難ありでも結果を出す人間」が問題を起こした際、他の人間と同じように処分をするべきだという建前はあるが、組織としては、貢献度が大きければ大きいほど、問題をモミ消す力学が働いてしまうものなのだ。

もちろん、こんなモラルの欠いた行為をしたことが世間にバレれば大炎上することは言うまでもない。ファウラーさんの告発によって、ウーバーは大きな批判を浴びCEOが謝罪に追い込まれた。また、この問題にかかわった20人以上が解雇され、社内の人権意識を根本から改めるような改革を余儀なくされた。

「人間的に難ありでも結果を出す人間」がもたらす目先の利益を優先して、問題行動をかばい続けると、組織に取り返しのつかないダメージをもたらすのだ。

厳しい処分を望まない被害者

しかし、だからと言って、「人間的に難ありでも結果を出す人間」がトラブルを起こすたびに厳正に処分を下すのも避けたい。ヘソを曲げて結果を出さなくなったり、ライバル会社へ転職したりする。組織として、最も理想的な落としどころは「ウヤムヤにする」だ。被害者のほうが失望して会社を去ったり、泣き寝入りをしてくれることだ。

そして、この「トラブルをウヤムヤにする」ことに関して、海外の企業より頭ひとつ飛び抜けているのが、日本企業なのだ。

例えば、エン・ジャパンが転職サイトを利用している35歳以上のユーザー2911人を対象に調査をしたところ、パワハラを受けたことがあると回答したのは、8割にも及んでいるが、その中で、「人事やハラスメント対応窓口などに相談した」(19%)、「労働基準監督署など公的機関に相談した」(9%)など問題を公にしたという回答より、「退職した」(35%)、「気にしないようにした」(33%)などのほうが多かった。

では、なぜ日本の被害者は公にしないのかというと、中田翔システムが発動するからだ。

ご存じのように、日本企業には「定期異動」という独自のシステムがある。セクハラやパワハラなど問題を起こした「人間的に難ありでも結果を出す人間」に厳しい処分を下すことなく、異動や転勤を言い訳に被害者と物理的に引き離して、問題をウヤムヤにすることができるのだ。

これは定期移動がない国では難しい。本人の意志と関係なく、会社側が一方的に勤務地や仕事内容を変えるのは、ジョブ型雇用で働く人たちにとって受け入れ難い屈辱的な仕打ちだ。だから、異動を命じられたファフラーさんは会社を辞めて、ブログで公開という「報復」に出たのだ。

この「異動・転勤で問題をウヤムヤにする」システムが、組織にとってありがたいことは言うまでもないが、「人間的に難ありでも結果を出す人間」にとっても「得」なことは言うまでもない。20年以上同じ組織で働いている方ならば分かると思うが、人間はそう簡単に変わらない。パワハラ上司は研修を受けても、どこかで本性が出る。つまり、同じようなトラブルを繰り返すのだ。しかし、異動・転勤によって定期的にそれがリセットされるので、組織人としてのキャリアに大きな傷がつかないのだ。

また、意外に思われるかもしれないが、被害者にとっても悪くない。例えば、もし今回、中田選手が日ハムで無期限謹慎を続けていたらどうか。チーム内では「厳しすぎる」など擁護(ようご)論も出てくる、中田選手のホームランを楽しみにしているファンの不満も募る。「お前が騒いだおかげで中田の野球人生にミソがついた」などと、被害者がバッシングを受ける恐れもある。実際、日本企業ではこれまでもセクハラやパワハラを告発した側が「余計なことを言いやがって」と組織からいびり抜かれるケースが圧倒的に多いのだ。

このような事態を恐れて、加害者に厳しい処分を望まない被害者も実は多い。そのような人たちを多少なりとも納得させるのが、加害者の異動・転勤なのだ。

事態を悪化させる恐れ

これこそが、先ほど中田翔システムを日本企業の知恵だとした理由だ。「和を以って貴しとなす」で、さまざまな人間トラブルにフタをしがちな、なんとも日本人らしい組織マネジメントではないだろうか。

もちろん、中田選手の巨人移籍にモヤモヤしている人が多いように、これを「知恵」と呼ぶことに違和感を抱く人も多いだろう。いくら取り繕ったところで、問題先送りであることは間違いなく、事態を悪化させる恐れがあるからだ。

つまり、今はどうにかやり過ごすことができるが、中長期的に見ればまだ同じような問題が繰り返したり、さらにひどいことが起きたりするのだ。

中田選手の件で言えば、プロ野球界でまだまだ同じような暴力事件が続くということだ。ご存じのように、スポーツ界では体罰撲滅をうたいながらも、定期的に暴力事件が起きている。暴力的な指導、暴力カルチャーの中で強く成長してきた者は、無意識にそれを「再現」する。それは「病」のようなものなので、一朝一夕では止められない。

中田選手がそうだとは言わないが、彼の「後輩いじり」は以前からファンの間で問題になっていた。間がさしたとかではなく、中田選手のこれまでの野球人生の中で体に染み付いてきたものなので、巨人軍への「部署移動」によって、いきなりきれいさっぱり消えるものではないのだ。

なぜ「頼れる兄貴分」として後輩からも慕われていた中田選手が暴力を振るうのか。ここに至るまで、なぜ誰も中田選手の素行を諌(いさ)める人がいなかったのか。

「子どもたちの手本に」「子どもに夢を与える職業」だとうたってきた球団はもちろんのこと、日本野球機構としても、第三者調査が関係者への聞き取りなどをして、この問題をしっかりと検証すべきだ。

中田選手と巨人の今後

今のままでは子どもたちに、野球の世界では「後輩いじり」や「暴力」が咎(とが)められたら、「反省しておけばいい」くらいの問題だという誤ったメッセージを与えてしまう。中田選手の巨人移籍を美談のように持ち上げるマスコミ報道を見て、野球少年たちはこう思うはずだ。

「結局、結果さえ出せばいいんだ。ゴチャゴチャうるさいことを言っても、ホームラン一発で批判していた連中も黙らせられるじゃん」

そして、そういうスポーツとしてのイメージは、長い目で見ればマイナスだ。「野球って中田選手みたいなヤンチャな人が幅を利かせている世界でしょ」というのが定着すると、ファンも素直に応援できなくなる。親も子どもにやらせたいと思わない。スポーツ最大の魅力である「フェアプレー精神」という要素が色褪(あ)せるので、世間の「野球離れ」が進行してしまう。

異動で問題をサクッと先送りできる中田翔システムは、企業の危機管理としても魅力的な選択に映るが、長い目で見ると不利益も多い。勝てば官軍で、中田選手の暴力事件は何事もなかったように吹き飛ぶのか。それとも、この問題先送りがジワジワと巨人や球界を蝕(むしば)むのか。

そのような意味では非常にいい危機管理のケーススタディなので、企業の担当者はぜひ、中田選手と巨人の今後に注目していただきたい。

窪田順生氏のプロフィール:

テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者、月刊誌編集者を経て現在はノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌へ寄稿する傍ら、報道対策アドバイザーとしても活動。これまで300件以上の広報コンサルティングやメディアトレーニング(取材対応トレーニング)を行う。

近著に愛国報道の問題点を検証した『「愛国」という名の亡国論 「日本人すごい」が日本をダメにする』(さくら舎)。このほか、本連載の人気記事をまとめた『バカ売れ法則大全』(共著/SBクリエイティブ)、『スピンドクター “モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)など。『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)で第12回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。

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