【朝日新聞研究】戦時中に「派手で威勢よかった」朝日新聞 戦争中と現在の日本を“安直に同一視”は立派なフェイクニュース - イザ!

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朝日新聞研究

戦時中に「派手で威勢よかった」朝日新聞 戦争中と現在の日本を“安直に同一視”は立派なフェイクニュース

 月刊誌『文芸春秋』7月号(6月10日発売)で、文化勲章作家、田辺聖子さんが17歳以降の戦争中・戦後に書き続けた、日記の内容が公開された。

 朝日新聞は、同誌が発売される直前の6月8日、他の新聞各紙(9日)に先駆けて、この日記について詳しく報道した。それは8日1面の囲み記事と、第一社会面トップの記事で、筆者は両方とも宮地ゆう記者である。宮地記者はさらに6月9日の文化欄でも、この日記について書いている。他紙に先んじて詳しく紹介しているのであるから、朝日新聞か宮地記者は、文芸春秋と特別なコネクションが存在するのだろう。

 8日1面の記述によると、「日記は17歳になったばかりの1945年4月1日から始まり、47年3月10日に終わっている。兵庫県伊丹市の自宅を整理していた遺族が見つけた」とある。記事の内容は、基本的に宮地記者の視点から選んだ日記の抜粋になっている。9日の記事は、特に女性の自立に関するものであった。

 宮地記者は、田辺日記について、7月2日夕刊の「取材考記」でも取り上げている。宮地記者の関心のあり方は、その記事に以下のように最もよく表れている。

 「でも読み直すうちに、日記が伝えているのは、76年前の戦争だけでなく、変わらぬ日本社会のありようではないかと感じるようになった」「戦時中といまとを安易に比べるべきではないかもしれない。だが、コロナ禍で広がった『同調圧力』、感染拡大のなかでひたすら五輪開催へと突き進んでいく日本、責任をとらない政治への不信…。日記に残された記述と、いまの社会とには、驚くほど重なり合うものがある」

 これは最近の朝日新聞の記事にしばしばみられる、戦争中の日本と現在の日本を、実に安直に同一視して、現実を声高に糾弾する発想の典型的なものといえる。立派なフェイクニュースに感じる。

 そして、結びの言葉は、「日記を読みながら、ふと聞いてみたくなった。田辺さんはいまの社会をどう見ていますか、と」とある。

 私は、宮地記者にぜひ読んでもらいたい田辺さんの一文がある。『週刊文春』に連載されたエッセー「カモカのおっちゃん」シリーズの、「ヒアサ新聞」という回(単行本・文庫本『女のとおせんぼ』所収)である。

 その中で、田辺さんは「朝日新聞は、戦時中の記事、毎日より勇ましゅうて派手で威勢よかった」「朝日が派手で、みな朝日の記事がおもしろい、いうて人気あった」「名前も変えんと、戦中戦後、同じ名ァで、よう新聞つづけてる思うわ。新聞ほどアテにならんもんおまへんねんデ」「社名でも変えて、日朝新聞とでもして再出発したんならエエが、前々通りの名ァであいかわらず社会の木鐸(ぼくたく)気分でいるのを、おもろいというのは、警戒すべきことにこそ」などと、カモカのおっちゃんの言葉として、軽妙な口調で表現している。

 すなわち、戦争中に戦争を煽りながら、一向に反省の色も見えない朝日新聞を、砕けた調子であるが、厳しく批判しているのである。この田辺さんの批判に対して、どう答えるのか、私は宮地記者に聞いてみたい。

 ■酒井信彦(さかい・のぶひこ) 元東京大学教授。1943年、神奈川県生まれ。70年3月、東大大学院人文科学研究科修士課程修了。同年4月、東大史料編纂所に勤務し、「大日本史料」(11編・10編)の編纂に従事する一方、アジアの民族問題などを中心に研究する。2006年3月、定年退職。現在、新聞や月刊誌で記事やコラムを執筆する。著書に『虐日偽善に狂う朝日新聞』(日新報道)など。

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