【今日も一緒にプロレスを楽しみましょう!】PRIDEからハッスルまで 小川直也はいつ何時も猪木イズムを忘れず! - イザ!

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今日も一緒にプロレスを楽しみましょう!

PRIDEからハッスルまで 小川直也はいつ何時も猪木イズムを忘れず!

 1994年1月4日、東京ドーム大会で「掟破り」を橋本真也に仕掛けた小川直也。アントニオ猪木の教えが影響したのは確かだったが、猪木離れするきっかけになったことも間違いない。

 柔道時代もUFO入りした後も、対外的なことは指導者に任せてきた小川が、積極的に自己主張をするようになる。自ら発信しなければ、プロ格闘家として生きていけない。人任せでは限界があり、誤解も生じやすい。どうせブーイングを浴びるのなら、自分も納得したうえで嫌われようじゃないか。小川の考え方が一変した気がする。

 居場所を作るために、自分の言葉で自分の生きざまを表現する。いわば猪木イズムなのだが、小川が真の闘魂を身につけたと言っていいだろう。

 となれば、持ち前の格闘センスは人後に落ちない。厳しいトレーニングも食生活の節制も、自ら納得すれば苦労ひとつなくやってのけられる。鍛え上げた肉体に、キレとスピードが増し、テクニックも次々と習得していった。

 ダン・スバーンからNWA世界ヘビー級王座を奪い、PRIDEでゲーリー・グッドリッジを退けたのも当然のことだった。

 21世紀になると、恩讐を超えて、橋本とOH砲を結成する。四角いジャングルで、一線を越えて対峙した者同士の絆は、常人のそれとは違っていたのだ。ZERO-ONEのリングで大暴れ。黒のショートタイツがすっかり似合うようになっていた。

 2004年にはPRIDEとZERO-ONEで旗揚げした「ファイティング・オペラ」をうたう新団体に橋本とともに参戦する。キャプテン・ハッスルとしてハッスルポーズを披露。プロのリングに初登場してから、何という振り幅の広さだろう。かつての柔道王は、すっかりプロレスラーに生まれ変わった。

 そして猪木と袂を分かっても、猪木の教え「いつ何時でも誰とでも闘う」は忘れてはいなかった。PRIDE・GPヘビー級トーナメントに出陣し、ベスト4に進出している。

 05年には「小川道場」を開き、オリンピック選手を目指す子供たちに柔道を教えた。07年、猪木が旗揚げしたIGFに参戦し、猪木との邂逅を果たしている。柔道、プロ格闘技とプロレス。猪木との絆。小川の生きざまはまさに波乱万丈だった。すっかり、リングからは遠ざかっているが、20年暮れには全日本プロレスのリングに登場し拍手を集めた。

 息子さんを24年パリ五輪に送り込み、柔道の金メダルを狙わせるプランも現実味を帯びている。プロレスと格闘技。二刀流を実践し、2つの戦場で大活躍した格闘家・小川直也。こんな男は二度と出てこないだろう。 【文中敬称略】 (プロレス解説者・柴田惣一)

zakzak

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