東京五輪スペシャルトーク

高田純次 長嶋人気を超えたマラソンの円谷幸吉さん 64年大会は僕の人生を変えるきっかけに

前回の東京五輪で円谷幸吉に送られた大声援は今も耳に残っている
前回の東京五輪で円谷幸吉に送られた大声援は今も耳に残っている

 どうも。ジュンジ・クルーニーこと高田純次です。五輪も佳境に入ってきたけれども、前回1964年の東京五輪の前はね、「オリンピックって、どんなことをするんだろう?」と思っている人がたくさんいたんだ。

 あの頃、「巨人・大鵬・卵焼き」っていう流行語があってね。スポーツといえば、プロ野球の盛り上がりがとにかくすごかった。一番人気は長嶋さん(巨人終身名誉監督)。手首をチョコチョコ動かしながら投げる姿、みんなでまねしたなぁ~。でもね、誰ひとりとして似ていない! やっぱり長嶋さんだからできるんだって妙に納得した。

 64年大会は調べてもらったら、10月10日の開会式の前にプロ野球は終了していたそうで。もしまだ試合をやっていたら、いったいどうなっていただろう。

 そんな五輪を一気に盛り上げたのが、男子マラソンの円谷幸吉さんだった。ゴールの国立競技場には7万5000人の大観衆。そして日本中の「円谷、ガンバレ!」という大声援。今でも耳に残っているよ。エチオピアのアベベに次いで2位で戻ってきたんだけど。イギリスのヒートリーにトラックで追い抜かれちゃったんだ。

 円谷さんはこのとき、トラックでの駆け引きを一切しなかった。前だけを見て3位でゴールに帰ってきた。「男が一度走り出したら、どんなことがあっても後ろを振り返るなんてことをするじゃねえ」と、お父さんからの言いつけをしっかり守ったんだよね。俺なんか、70歳を過ぎた今でもキョロキョロしちゃっているもんね、アハハハ。

 64年大会で東京はガラリと変わった。首都高速ができて新幹線も開通した。どの家でもテレビを買うか、電話の加入権かの二者択一。値段もほぼ一緒で7万円近くした。サラリーマンの平均月収が2万7000円だった時代さ。カラーテレビは20万円くらいもする超高級品だった。

 高田家ではね、テレビを買ったのよ。近所では一番早かった。白黒だけどね(笑)。おかげで「赤胴鈴之助」とか学校で物まねをやってウケていたなぁ。そのうち映画館にも通ったよ。『シェルブールの雨傘』(64年)とか『女と男のいる舗道』(62年)とか、シャレオツな映画が大好きだった。64年大会が今の「高田純次」のきっかけをつくってくれたのかもしれないね。

 大会が終わって、担任の先生に「俺、早稲田大学を受験します」と宣言してキョトンとされたのを思い出すよ。そして一浪してもひとつも合格できなかった。今でも「東京五輪」と聞くと、大学に行けなかったんだよなぁ、と思うね。夢にまで出てくるんだから…。こう見えてもピュアでしょ?(笑)

 五輪って、アスリートの人生が見えて、自分の人生と照らし合わせるきっかけにもなるのかもね。実は俺、自分の寿命が100歳のような気がしてならない。今も自分探しの旅の真っ最中。これからの人生もいろんな“まさか”が起きるんだから。故郷で2度も五輪を見られるなんて思ってもみなかったもの。

zakzak

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