【東京五輪と自衛隊】ID忘れたIOC会長を通さぬ実直任務 57年前の五輪でも高評価だった自衛隊(1/2ページ) - イザ!

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東京五輪と自衛隊

ID忘れたIOC会長を通さぬ実直任務 57年前の五輪でも高評価だった自衛隊

1964年の東京五輪開会式(共同)
1964年の東京五輪開会式(共同)

 57年前、1964年の東京五輪における自衛隊の五輪支援では、まず任務に就く前に、かなりの教育を行っていることに驚かされる。

 防衛庁(現防衛省)が編纂(へんさん)した『オリンピック東京大会協力の記録』によると、競技のルール、英語をはじめとする語学、オリンピック史の講義、マナー教育、あるいは馬術支援をする者は馬の取り扱いを学びに行くなどもあった。支援は陸海空自衛隊だけでなく防衛大学校からも標識隊が選ばれている。

 前回の自衛隊支援について詳述された渡邊陽子著『オリンピックと自衛隊』(並木書房)には、当時の支援集団長、梅沢治雄陸将補(後に陸将)が開会前日に隊員にあてた電報が紹介されている。

 「全支援隊員に告げる。万国の旗われらを見る。真心をこめて自己の任務を完遂せよ!」

 この言葉を胸に、隊員たちはそれぞれの持ち場についた。自衛隊発足後、初めて彼らに世界の目が注がれた、まさに大舞台であった。

 とはいえ、この時代の自衛隊は今以上に国民と隔絶された存在だった。選手村の警衛といっても、普段の部隊警備とは様子が違う。戸惑う場面も多かった。「俺は〇〇協会の会長だ」とか、「〇〇議員だ」と通門証も見せずに入ろうとする“輩”がいたり、車を加速させて強行突破しようとする無法者もいたという。礼儀も作法もわきまえないのは外国人ではなくほとんど日本人だったのだそうだ。

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