ブルーインパルス誕生、続発する殉職者で意気消沈する隊員の士気回復と「見せる」ことによる抑止 - イザ!

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ブルーインパルス誕生、続発する殉職者で意気消沈する隊員の士気回復と「見せる」ことによる抑止

ブルーインパルスが1964年の東京五輪で描いた五輪マーク(共同)
ブルーインパルスが1964年の東京五輪で描いた五輪マーク(共同)

 【東京五輪と自衛隊】

 「今回は五輪マークが、カラーで描かれるらしい!」

 東京五輪開催に「賛成か、反対か」と世論が分かれる中でも、航空自衛隊のアクロバット飛行チーム「ブルーインパルス」が飛ぶとなると胸躍らせる人も多い。

 前回の東京開催から57年、今回も開会式当日、ブルーが登場することになった。よく、「1964年の時の五輪マークは色がなかった」と言われるが、実は当時も5色の着色煙が空を彩っていたのだ。まだ、白黒テレビが主流だったために、ほとんどの人の記憶がモノクロとなっている。着色煙も日本独自で開発したものだった。

 もう一つ、驚く裏話がある。

 ブルーは当時、開会式に向けて1年半かけて計約189時間に及ぶ訓練を行ったが、一度たりとも成功したことがなかったのだという。そもそも、宙返り飛行をして大きな円を描くなど「人間業ではない」と言われていたオーダーだった。

 すべての機体が完璧な円を描いたのは、本番の日だけだったのだという。ひのき舞台での一発勝負で大成功したブルーインパルスは、以降、押しも押されもせぬイベントの花形になった。

 一方で、その歴史をひも解くと、言い尽くせないほどの苦難の道のりをたどってきた。

 前回の五輪開催は、わが国が敗戦から立ち上がり、高度経済成長に入ったただ中だった。自衛隊の歴史はまだ10年そこそこ。ブルーインパルスが「戦技研究班」として発足したのは60年である。つまり、あの五輪マーク飛行は、ブルーが誕生してわずか4年後のことだったのだ。

 敗戦後の7年間、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)により一切の航空活動を禁止されていたことを考えると、いかに短期間に空自の歴史が刻まれ、そして技術を磨いてきたかが分かる。

 それだけに、痛ましい墜落事故も多発している。

 空自は54年に最初の殉職者を出してから、わずか4年の間に33人を事故で亡くしている。旧軍出身者と戦後世代が混在したパイロットは多くが未経験者だった。救難体制も十分でなく、救命胴衣さえ満足にそろっていないという「無謀」と言っていい環境だった。

 続発する事故で意気消沈する隊員の士気を回復させるためにも必要と考えられたのが、曲技飛行チームの結成だった。米空軍のアクロバットチーム「サンダーバーズ」を実際に見た隊員が、そのパイロットたちが存在するだけで、組織の活力が一段と上がることを実感したことも大きかったという。何よりの意義は、「見せる」ことによる抑止効果だ。

 しかし、「税金ドロボー」と揶揄(やゆ)されていた時代、「曲技飛行に挑戦するなどトンデモナイ」という意見が空自の内部でさえも多かったのだ。

 ■桜林美佐(さくらばやし・みさ) 防衛問題研究家 1970年、東京都生まれ。日本大学芸術学部卒。フリーアナウンサー、ディレクターとしてテレビ番組を制作後、防衛・安全保障問題を取材・執筆。著書に『日本に自衛隊がいてよかった』(産経新聞出版)、『自衛隊の経済学』(イースト新書)、『自衛官が語る災害派遣の記録』(並木書房)など。

zakzak

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