「超人ギータ」ができるまで 侍ジャパン主砲・柳田悠岐の学生時代の同級生が証言 名牝馬・ウオッカに感化され走り込み 31日メキシコ戦 - イザ!

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「超人ギータ」ができるまで 侍ジャパン主砲・柳田悠岐の学生時代の同級生が証言 名牝馬・ウオッカに感化され走り込み 31日メキシコ戦

 東京五輪野球で1次リーグA組の日本代表「侍ジャパン」は31日、横浜スタジアムでメキシコ代表との第2戦に臨む。開幕前には右脇腹痛で出場が危ぶまれた柳田悠岐外野手(32)=ソフトバンク=もスタメン出場する見込み。「6番・右翼」で先発した28日のドミニカ共和国との初戦で2安打を放ち、稲葉篤紀監督(48)は打順を上位に上げる考えだ。高校時代は無名で、卒業文集にも「社会人野球で活躍したい」と書いた野球少年は、いかにして日の丸の主砲まで上り詰めたのか。「改名したい」「競走馬になりたい」など、凡人にはあり得ない着想による驚きの進化の過程を、同級生たちが明かす。 (山戸英州)

 ■憧れの選手に改名

 広島商業高野球部のチームメートで、広島経済大にも一緒に進学した大山智明さんと田中聖馬さんは、柳田に「今や想像できないニックネームが3つもあった」と話す。

 まずは「当時、一番のお気に入りだった」という「フクドメ」。福留孝介選手(現中日)が由来だ。友人たちの携帯電話に登録された自分の名前が表示されるのを見て、「『“柳田“じゃなくて“福留”悠岐にしてほしい!』とお願いしてきた。当時、WBCでも活躍していたし大ファンだった」。

 高校時代はまだ線が細く手足の長さの方が目立ったため、人気格闘ゲームの登場キャラから「ダルシム」の愛称も。ほかに高校2年時に体育の授業中、バレーボールで中指を骨折。ボルトを入れたため「ボルギダ」と呼ばれたこともあった。

 ■ボウリングで強肩に

 過去に5度、好守の選手を表彰する「ゴールデングラブ賞」を受賞。光る強肩の原点はなんと、高校3年で野球部引退後からハマったボウリングだ。大学野球部の同級生で現在はトレーナーとして柳田の自主トレを支える、刎田(はねだ)康太朗さんは次のように明かす。

 「リーグ戦中なのに『トレーニングや!』と言っては通い詰めた。アベレージは240。競馬、マージャンも一緒にやったけど勝負勘は当時からよかった。負け戦は絶対しない。要領も良かった」

 ■俊足のモデルはあの名馬

 学生時代から競走馬を見るのが好きだった柳田。野球で走ることに感化されたのも、GIレース通算7勝の牝馬だったと刎田さんは明かす。

 「大学3年生の6月、競馬の安田記念を制した人気馬に突然、触発されて『俺、ウオッカみたいに華麗に力強く走りたい!』と。グラウンドでの全体練習はあまり力を入れず夜、帰宅してから深夜に素振りをこなす“コソ練”に加え、そこからは目の色を変えて走る練習に力を入れた」

 これまで日本代表歴は2度の日米野球と2度の親善試合だけ。ワールド・ベースボール・クラシックやプレミア12はケガなどで縁がなかった。かつて本人も「僕は日米野球専門です」と自虐的に笑っていた。自国での五輪もコロナ禍で1年延期されたうえ、今夏も開催が危ぶまれ、直前まで周囲には「ホンマにやるの!?」と漏らした。さらに直前の代表合宿では自身のコンディション不良で離脱もちらついたが、五輪初戦には間に合った。

 野球ファンならよく知っている、その規格外のプレー。ついに日本のお茶の間と、全世界に向けてお披露目するときがやってきた。本人は「金メダルは持っていてもまあ、倉庫の中に眠るだけやからメダル自体は別に要らん!」と豪語し、刎田さんを「彼らしいというか、大物だな」と感心させたというから、言動もやはり規格外だ。無名の野球小僧時代からスター選手に上り詰めた今に至るまで、魅了されてきた多くの人たちの夢も乗せて、ギータが世界のひのき舞台で躍動する。

zakzak

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