【今日も一緒にプロレスを楽しみましょう!】アトランタでも金を逃した“柔道王”小川直也、プロレスに殴り込み - イザ!

メインコンテンツ

今日も一緒にプロレスを楽しみましょう!

アトランタでも金を逃した“柔道王”小川直也、プロレスに殴り込み

 「今度こそ」と臨んだ1996年アトランタ五輪でも、金メダルを逃した「柔道王」小川直也。「五輪のプレッシャー」にリベンジを果たせぬまま、次の夢に向かって気持ちを切り替えることになった。

 元々は92年バルセロナ五輪で優勝し、第二の格闘人生としてプロ格闘家に踏み出すプランがあった。明治大学柔道部の先輩、坂口征二氏が当時、新日本プロレスの社長に就任しており、柔道日本一からプロレスに転身した先輩と同じ道もその一つだった。

 ところが、4年の“猶予期間”によって、軌道修正が必要となった。97年2月に所属のJRAを退社し、フリー格闘家に転身表明した小川だが、この年K-1が3大ドームツアーを開催し、10月にはPRIDEが旗揚げ。高田延彦VSヒクソン・グレイシーが実現した。格闘技イベントが台頭し、立ち技のK-1、総合のPRIDEがプロレスをしのぐブームを巻き起こしていた。

 格闘ブームに一枚、噛んでいたのが新日本プロレスのオーナー・アントニオ猪木だった。もともと、自ら異種格闘技戦に臨むなど、プロレスと格闘技のボーダーレス化を進めていた。猪木は格闘イベントに対抗できる人気、実力を併せ持つスター選手の育成が不可欠と感じ取っていたはず。そこにプロ入りを模索する小川がいた。

 96年、猪木は佐山聡とともにUFO(世界格闘技連盟)を発足。小川を旗頭にし、世界の格闘界に殴りこむためだった。

 猪木、佐山の指導を受け、成長するプロ格闘家・小川のデビュー戦は、新日本プロレス97年4・12東京ドーム大会、異種格闘技戦のノンタイトル戦と決まった。相手はIWGPヘビー級王者・橋本真也。時の新日本ナンバーワンである。プロレス界にケンカをふっかける大一番となった。

 柔道着を身にまとって登場した小川。長州力ら新日本勢がリングを取り囲んでいる。柔道王とはいえ、プロとしては未知数。「柔道野郎!」というヤジが飛んだ。猪木がネクタイ姿でリングサイドに陣取っているとはいえ、小川にしてみれば「アウェイ感」しかなかったはず。

 同じ四角いジャングルとはいえ、畳からロープに囲まれたリングに戦場は一変。落ち着いてはいたが、柔道三段の橋本に払腰でものの見事に「一本」を取られてしまった。思わずリング下へエスケープ。ただ、これで吹っ切れたのかもしれない。

 DDTを狙ってきた橋本をSTO(大外刈)で叩きつけ9分25秒、裸絞めで快勝。私はテレビ放送席で見届けたが「柔道王の底力はスゴイ」と何度も繰り返してしまった。隣のマサ斎藤はかわいがっていた橋本の敗退に衝撃を隠せないようだった。歓声と怒号の中、小川のプロ格闘家人生は白星で始まった。(敬称略)(プロレス解説)

zakzak

  1. ファーウェイCFO逮捕でバレてしまった「中国という国の本質」
  2. 内田理央のおっぱい写真にファン大興奮「一瞬ビビった」「萌え死んだ」
  3. 河野氏の年金改革案めぐりバトル勃発 「大増税」の可能性も…野田氏「保険料を払っている人があなたの発言で非常に不安になる」
  4. 高市氏の記者会見場で報道関係者怒鳴り声