【田中星児 伝説のステージ101を大いに語る】念願のテレビ出演も、稼ぎはバイトの方が良くて… - イザ!

メインコンテンツ

田中星児 伝説のステージ101を大いに語る

念願のテレビ出演も、稼ぎはバイトの方が良くて…

 1970年1月から始まった音楽番組『ステージ101』。田中星児(73)は、半年ほどたって開催されたメンバーオーディションを受けることになった。

 高校時代からのど自慢番組に出ていた田中。大学在学中にはTBSの『ナショナル10人抜きのど自慢』で優勝したこともあったほどだ。

 「その縁もあってTBSの桂邦彦さんの紹介で学生時代から東京・六本木のスナックで弾き語りのバイトをしていました。歌手になりたいという思いは2割か3割ほどでしたが、きちんを就職しないままで…」

 『ステージ101』は歌とダンス、そしてトークというエンターテインメントを追求する番組だ。それだけにオーディションでは、ダンスも求められた。

 「僕はダンスなんてやったことないから、オーディションでいきなり踊ってみてといわれて、困っちゃいましたよ。その場でたたかれているドラムのリズムに合わせて、踊れって。踊るなんてツイストで体をひねるぐらい。もうめちゃくちゃでしたね」

 歌のオーディションでは2曲を歌った。当時、ヒットしていたディオンヌ・ワーウィックの『恋よ、さようなら』と、トム・ジョーンズの『思い出のグリーン・グラス』だった。

 「審査員には中村八大先生もいましたね。ディオンヌの『恋よ、さようなら』はその頃、好きな曲だったんですよ。で、その後に面接があって。もうあまり覚えていないけど、たぶんヤング101に入りたい、入りたいって一生懸命にアピールしたんでしょうね」

 それから数日後、田中はアパートの大家に呼び止められた。まだその頃は、風呂なしの6畳間一間ほどのアパート暮らしだった。

 「ようやく部屋にトイレが付いたぐらいかな。でもまだ電話なんて引いてないですから。大家さんに『田中さん、電話よ』なんて言われて、代わったら、合格通知でした」

 念願かなって合格はしたものの、すぐに脚光を浴びたわけではない。レッスンを重ねて、コーラスで参加するようになり、ようやくテレビに出られるようになった。

 「まだ、最初のころはスナックで弾き語りのバイトを続けていましたよ。そっちのほうが結構稼げていたんで…」

 ステージ101 1970年1月から74年3月までNHK総合で放送。ヤング101の貴重な音源129曲を収めた5枚組CDボックス『ステージ101 GO!』(ソニー・ミュージックダイレクト)は好評発売中。

 ■田中星児(たなか・せいじ) 1947年8月27日生まれ、73歳。奈良県出身。70年、『ステージ101』でデビュー。71年から『おかあさんといっしょ』のうたのおにいさんとしても活躍。76年には『オー・マリヤーナ/ビューティフル・サンデー』が大ヒットする。14日からBSフジ『クイズ!脳ベルSHOW』に出演。

zakzak

  1. おかえりモネ、部屋から出た「宇田川さん」に膨らむ視聴者の予想「ブッキー説を提唱」「宇田川さんは妻夫木でしょ?」の声
  2. 「ガラケー」に迫る終焉 携帯3G、来年から各社で終了
  3. コロナワクチン「間違った打ち方」で抗体が不十分となるリスクも