モンテーニュとの対話 「随想録」を読みながら

(106)祈りのこもった音楽の力

産経ニュース
マヘリア・ジャクソン(右)とメイヴィス・ステイプルズ© 2021 20th Century Studios. All rights reserved.
マヘリア・ジャクソン(右)とメイヴィス・ステイプルズ© 2021 20th Century Studios. All rights reserved.

封印された黒人音楽フェス

ポピュラーミュージックとカウンターカルチャーに関心がある者なら、「1969年の夏」といえば、反射的にウッドストック・フェスティバルを思い起こすはずだ。8月15日から17日にかけてニューヨーク州サリバン郡ベセルの農場で開催されたこのフェスには、泥沼化するベトナム戦争に抗して愛と平和を訴える若者約40万人が押し寄せた。27歳で死んだ天才ギタリスト、ジミ・ヘンドリックスが白いストラトキャスターで演奏した「星条旗」(アメリカ国歌)はいまも語り草だ。

このフェスの模様は「ウッドストック/愛と平和と音楽の三日間」(マイケル・ウォドレー監督、マーティン・スコセッシ編集)として70年に公開され、アカデミー長編ドキュメンタリー映画賞を受賞した。

同じ夏、6月29日から8月24日までの6回の日曜日に、ニューヨークのハーレムにあるマウント・モリス公園(現マーカス・カーヴェイ公園)で、黒人ミュージシャンを中心とした音楽イベント「ハーレム・カルチュラル・フェスティバル」が開催された。出演した主なミュージシャンを列挙しておこう。スティーヴィー・ワンダー、B・B・キング、マヘリア・ジャクソン、ニーナ・シモン、フィフス・ディメンション、グラディス・ナイト&ザ・ピップス、ザ・ステイプル・シンガーズ、アビー・リンカーン、マックス・ローチ、デイヴィッド・ラフィン、スライ&ザ・ファミリー・ストーン…。

延べ30万人もの黒人の若者たちが参加したイベントだったにもかかわらず、これを知る者はほとんどいない。理由は単純だ。メディアが無視を決め込んだからだ。その理由はおいおい語ろう。SNSのない時代、新聞やテレビが報じないかぎり、そのイベントは関係者の記憶の中に生き続けるだけで、公の歴史に刻まれることはない。

幸いなことに、このフェスは2インチのビデオテープを搭載した4台のカメラによって記録され、編集されることなく、撮影者の自宅地下室に保存されていた。そして半世紀を経てやっと映画化された。「サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)」(アミール・〝クエストラブ〟・トンプソン監督)である。素材の映像に当時のニュース映像や関係者・観客の証言などを挿入して編集した作品は、フェスの歴史的意義をくっきりと伝えると同時に、音楽の持つ圧倒的な力を見せつける。2021年サンダンス映画祭で、観客賞と審査員大賞の2冠に輝いたのもむべなるかなと思う。

解放のビジョンが打ち砕かれた10年

1960年代のアメリカでは、国民を奮起させる「解放のビジョン」を持ち、それを実現するための言葉と行動力を備えたカリスマ的指導者が次々に登場した。キング牧師、ジョン・F・ケネディ、マルコムX、ロバート・ケネディ…。偉大な希望の10年であったが、泥沼化するベトナム戦争、そして指導者の暗殺によってその希望が打ち砕かれた10年でもあった。

アメリカの歴史家、ジェニファー・ラトナー=ローゼンハーゲン氏はその著書『アメリカを作った思想』(ちくま学芸文庫)のなかで「解放のビジョン」をこうまとめている。白人による抑圧から黒人を、男性による支配から女性を、同性愛嫌悪からゲイとしてのプライドを、直毛からアフロヘアを、ブラジャーから乳房を、殺虫剤や乱開発から環境を、年長世代が練りに練った計画から若者世代の人生行路を…。69年に開催された、ウッドストックとハーレムのフェスは、打ち砕かれた希望を取り戻そうとする反乱だった。

ハーレムのフェスがニューヨークの公園を会場にできたのは、ジョン・リンゼイ市長の協力があったからだが、彼には「ガス抜き」の思惑もあったはずだ。ニューヨークには黒人たちのやりきれぬ不満から立ちのぼる不穏な空気が充満していたからだ。フェスの警備を担当したのはニューヨーク市警ではなく、貧しい黒人が居住するゲットーを警察官から自衛するために結成されたブラック・パンサー党だった。白人主導のメディアは、このフェスが黒人による大規模な反乱の発火点になることを恐れ、無視を決め込んだのだろう。

感動的なバトンタッチ

この映画でもっとも感動的だったのは、肝っ玉母さんのようなゴスペル歌手、マヘリア・ジャクソンが娘の世代にあたるメイヴィス・ステイプルズとともにゴスペル歌「プレシャス・ロード」を歌う場面だ。キング牧師が愛したこの歌を、彼の葬儀でマヘリアは歌っている。深い祈りと温かな人間の感情がひしひしと伝わってきた。この日、マヘリアは体調が悪いから手伝ってほしいと若いメイヴィスをステージに引っ張り出した。公民権運動に携わってきたマヘリアは、勃興するブラック・パワー運動の担い手のひとりであるメイヴィスにバトンを手渡したのだ。

もうひとつあげるなら、ニーナ・シモンのステージだ。彼女は黒人にささげるアンセム「ヤング・ギフティッド・アンド・ブラック」を披露した。「世界には若く、才能にあふれた黒い肌の少年少女が何百万人もいる。これは紛れもない真実」と歌う彼女の声にも深い祈りがあり、同時に、理不尽な社会に対する怒りが秘められていた。この映画には、いまこの世界に決定的に欠けている深い祈りがこめられている。

モンテーニュは第1巻第56章「祈りについて」に辛辣(しんらつ)なことを記している。

《我々は習慣で祈っている。いや、もっと正しくいうならば、我々は祈りを読んでいる。いや、発音している。結局それはうわべだけである》

こう書いたモンテーニュは、教皇庁から叱責されるが、彼は削除しなかった。彼の時代から祈りは形骸化していたのだ。

「サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)」は8月27日からロードショー公開される。

※モンテーニュの引用は関根秀雄訳『モンテーニュ随想録』(国書刊行会)による。

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