ぴいぷる

宇宙飛行士選抜試験ファイナリスト・内山崇 砕け散った夢のカケラは宇宙で輝かせる

 七夕の夜空をこの人はどう見ただろう。

 宇宙飛行士選抜試験のファイナリスト。

 後一歩、いや、あそこさえ乗り切れていれば…の紙一重で落ちた。その挫折と再生を綴った「宇宙飛行士選抜試験 ファイナリストの消えない記憶」(SB新書)が売れ続けている。

 夢、宇宙飛行士-。高校生の頃から大学の学部選びなど着々と準備し、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の第5期宇宙飛行士選抜試験にチャレンジしたのは2008年、32歳のときだ。

 同期試験には史上最多の963人が応募。書類選考に始まり筆記試験、長期宇宙滞在の適性検査など1、2次選抜、無理難題のテーマにもパスしたファイナリスト10人の1人となった。当時はJAXA職員として、ISS(国際宇宙ステーション)に物資を運ぶ無人宇宙船「こうのとり」初号機のフライトディレクター候補として働き始めたばかり。指先が夢に触れていた、確実に。

 「なぜ宇宙飛行士になりたいのか」「どういう飛行士を目指すのか」

 選抜試験の中で繰り返された問いかけがある。

 「宇宙飛行士として生きていく覚悟、命を預け、預かる仲間からの絶対的な信頼を得ているかを問われている。宇宙飛行士の資質が何かを自分なりに考え、試験の段階ごとに返答の照準の絞り方を調整したりしました」

 他の受験者より有利かもしれないと考えた。

 「僕はすでに誰よりも宇宙開発やISSについての知識を持っている」

 だが、非情な分岐点が待っていた。不合格。

 「ダメだったか…。でも、あぁ、と思うところがありました。宇宙酔いや宇宙での平衡機能を試される通称回転イス。低速でぐるぐる回されるうち、めまいと多量の汗で装着していた器具が滑り落ちてきてドクターストップがかかりました。僕は子供の頃から乗り物酔いがひどかった。宇宙飛行士には苦手なものがない、どの分野でも常に平均点を維持できるかが求められるんです」

 夢のかけらが、そこら中に砕け散った。

 「今度は宇宙飛行士をサポートする側でがんばれ」とのエールにも、「何もわかってないくせに」と素直に受け入れられなかった。

 救ってくれたのは「こうのとり」だ。09年の初号機打ち上げまで秒読み段階だったこの無人宇宙船、400キロメートルの高度を秒速7・6キロで運行するISSがロボットアームでキャッチし、ソフトドッキングさせる世界初の技術披露に世界中の耳目が集まっていた。落ち込んではいられなかった。

 ISSミッションに参加する第5期合格組の油井亀美也、研究室の同期でもある大西卓哉、金井宣茂の各宇宙飛行士たちの存在もあった。

 「合格組と不合格組がともに働く職場は酷? いえ真逆でした。もしかしたら僕が歩んでいたもう1つの世界を感じるし、日本の有人宇宙開発を一緒に押し上げている同士、同僚として、気持ちを共有することができました。この思い、2次選抜以降の仲間も同じようなんですよ」

 いつしか心に留め続けたこの体験を、だれかに伝えたくなった。

 「だから、本(宇宙飛行士選抜試験)を書きました。書くにつれ挫折感、虚無感、絶望感が少しずつ消え、次に応募する人たちに過酷で残酷なこの試験(笑)…の全貌を知って参考にしてもらえればと思うようになりました」

 もう1つ。小山宙哉作の人気漫画「宇宙兄弟」とのコラボレーションだ。漫画では、宇宙飛行士に憧れる南波兄弟が選抜試験を受けるシーンや、宇宙関連施設での訓練風景などに自身の情報がリアルに反映されている。

 南波兄弟は、相次いで月面基地に立った。そして今年秋、JAXAは月探査も視野に入れ、13年ぶりに第6期日本人宇宙飛行士の募集に踏み切る。

 今度は審査員ができるのでは?

 「いやぁ。人の人生を決めるなんてできないし、僕ももう1回受けるかもしれませんからねぇ」と、ニヤリ。

 内山さんは今、昨年で幕を閉じた「こうのとり」最終9号機を見届け、もう1つの夢、月探査「アルテミス計画」にも貢献が期待される次世代無人補給船「HTV-X」の開発に邁進中だ。

ペン・冨安京子/カメラ・鴨川一也/レイアウト・東真理子

 ■内山崇(うちやま・たかし) 宇宙飛行士選抜試験ファイナリスト。宇宙航空研究開発機構(JAXA)職員。1975年9月19日、新潟県生まれ、埼玉県育ち。45歳。2000年、東京大学大学院修士課程修了後、石川島播磨重工業(現IHI)入社。08年、JAXAに転職。無人宇宙船「こうのとり」フライトディレクターとしてISS輸送ミッションの9号機まで連続成功に貢献した。趣味はバドミントン、ゴルフ、虫採り、2児の父。昨年末上梓した「宇宙飛行士選抜試験 ファイナリストの消えない記憶」(SB新書)がスマッシュヒット中。

zakzak

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