【昭和歌謡の職人たち 伝説のヒットメーカー列伝】「北の漁場」「望郷酒場」で“男全開”も…実は気配りの紳士 作曲家・桜田誠一 - イザ!

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昭和歌謡の職人たち 伝説のヒットメーカー列伝

「北の漁場」「望郷酒場」で“男全開”も…実は気配りの紳士 作曲家・桜田誠一

 桜田誠一さんが手がけた男演歌といえば、北島三郎の『北の漁場』(1986年)や千昌夫の『望郷酒場』(81年)が強烈に印象に残る。

 プロアマ問わず歌の上手な人でも、カラオケで男演歌を男っぽく上手に歌える人はなかなかいない。声質、音の強弱、コブシ、さらに歌舞伎の見得のようなところもあるからお手上げである。

 桜田さんは曲のイメージから、さぞかしこわもての人かと思いきや、物腰も柔らかく、周囲に気を配られる白髪の紳士であった。

 88年頃、九州のテレビ局の審査員の仕事で一緒になったのだ。審査評も分かりやすく、いいところを最初に褒められた。そして、気になるところを最後に助言される。これはディレクターとして大いに勉強になった。

 実に聞き上手で、笑みをうかべながら何でも聞いてくださる雰囲気が、たまらなく大人を感じさせた。

 仕事が終わると、福岡から50分くらいの脇田温泉に行った。いわゆる打ち上げが開かれて、東京組はそこに宿泊した。当時はバブル真っ盛りで豪勢だった。宴会には芸者衆も呼ばれていた。三味線と芸者さんが2人踊られ、次第に盛り上がっていった。

 歌い終わると芸者さんが桜田さんのところに来たので、桜田さんは何を言われるのかと静かにしていたら、「お姉さんのお得意の歌を聞かせてほしい」と注文された。歌ってくれたのはインドから日本までの旅をした象さんの歌だった。

 九州弁の都々逸調で下ネタまじりの歌詞に大いに笑った。その土地の歌も聴かせてもらった。桜田さんは目をつむり聴いておられた。歌はその土地の自然の中で育まれると思った。そこに生きる人々の心の歌である。

 民族音楽を研究された小泉文夫さんは言葉が大きく作曲に影響するという。思えば、演歌の巨匠といわれた古賀政男は福岡、船村徹は栃木、市川昭介は福島、そして桜田さんは青森出身である。地方出身の人が多いのも関係しているかもしれない。

 57年、三船浩の『恋なんて捨てっちまえ』で作曲家デビュー。61年には仲宗根美樹の『川は流れる』が大ヒット。実は当初B面だったが、歌声喫茶で評判になり、発売2カ月後に入れ替えると、100万枚を超える大ヒットになった。

 ■桜田誠一(さくらだ・せいいち) 1935年10月23日~2012年3月19日。『北の漁場』(北島三郎)と『女の駅』(大月みやこ)が日本レコード大賞の最優秀歌唱賞を受賞した。

 ■篠木雅博(しのき・まさひろ) 株式会社「パイプライン」顧問、日本ゴスペル音楽協会顧問。50年生まれ。73年、渡辺プロダクションに入社し渡辺音楽出版を経て、東芝EMI(現ユニバーサルミュージック)入社。制作ディレクターとして布施明、アン・ルイス、大塚博堂、五木ひろしらを手がけ、椎名林檎や石嶺聡子のデビューを仕掛けた。2010年に徳間ジャパンコミュニケーションズ代表取締役社長に就任し、リュ・シウォン、Perfumeなどブレークアーティストを輩出してきた。17年に退職し、現職。

zakzak


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